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あんただれ?



エ~、ウソ~、全部タダぁ?



エッ・・ウソッ・・ なにがぁ?










2011/01/16

(続)英語教育で迷わない方法

 

29

 

 

日本の未来を担う子どもたち。日本に住み日本人を祖先に持つ日本人の子どもたち。その子どもたちに、親が自ら率先して日本を捨てさせていませんか?

国家の品格の著者、藤原正彦教授はおっしゃいます。『祖国とは国語』と。

日本に住み日本人の両親を持ちながら、母国語である日本語をしっかり教えずに、英語を第一言語として学ばせることは、日本の将来を担う子どもたちに対して、日本独特の文化、歴史、情緒、美学などの継承の妨げになるのではないでしょうか。

教育熱心な親御さんは、ユダヤの教育などにも興味がある方は多いことと思います。彼らは、特に母親の手を通じて、ユダヤの慣習や文化を根強く継承しています。学習障害者のためのNPOのディレクターのユダヤ人の知人は、「ユダヤ人にはどうして高学歴者が多いのですか?」という私の質問に、このように言いました。「ユダヤ人は昔から剥奪されている人種。でも家や財産など、物を何もかも略奪されても、私たちが生きている限り、頭の中にあるものは奪えないからよ。」と。

「言語は思考である」。物ではない無形の思考は言葉によって継承されます。

今日、バイリンガルのお子さんが二人いる日本人のお友達とお話しました。在米20年以上の方です。20年以上、学校の先生をしています。

「最近、日本ではバイリンガル教育をするために、子どもに英語を主に使っている人たちが増えているみたいよ。」と私が言うと

「へえ、そうなのね。」と彼女は軽く言ってから、間をおいて

「・・・・ なんで!?」と大きな声で一言。

私は「分らない。」と言いました。なんでなのか本当に理解できないからです。そして、そのことには疑問がたくさんあります。

グローバル化が進む世界で、英語が共通言語なのは分ります。英語を習得させたいという気持ちは理解できますし、そう考えるのは当然だとも思えます。しかし、それは母国語を捨ててまでやるべきことなのか?

おじいちゃん、おばあちゃんと日本語で上手く意思疎通できなくなったとしても、グローバル化に乗り遅れないために、母国語よりも英語を重視すべきなのか?

英語だけできても、日本で育ち日本人の顔をしていながら、日本語で深く学び心に染み入る、祖国の文化も歴史も情緒も知らない大人になったら、それでも将来、海外に出た時に他の国の人たちにリスペクトされると思うのか?

そして・・・言語習得の大事な時期とは0歳からの幼児期だと考えますが、その大事な時期にあやふやな第二ヶ国語で、子どもを育てることによる弊害はないのか?

私自身アメリカに来て、日本のことを深く知らなくて、恥ずかしい思いをしたことが何度もあります。ですから、真のグローバルな人間とは、自分の祖国の魂を肝にしっかり持った上で、尚且つ他の国々の文化や在り方を認め吸収でき、英語という共通言語をツールとして、様々な人々とコミュニケーションできる人ではないかと考えています。

これは知性や知識だけのことを言っているのではありません。知識だけじゃなく心も然りです。英語が母国語ではない母親が、この“心”という非常に抽象的で大切なことを、一体、英語でどう伝えることができるのでしょうか?

ちなみに他者と上手くやっていくためには、自己肯定感が必要だと思うのですが、同じように、自分を日本人として肯定できなければ、どうして他国の文化を重んじ、他国の人々とリスペクトし合える関係が作れましょう。

友人は言いました。

「母国語がまず大事。それがあっての第二ヶ国語よ。両親がバイリンガルじゃないとバイリンガル教育はリスキーだし、だいいち・・・どうやってやってるの?」と。

私もどうやってやっているのか分らないのですが「CDとかDVDじゃないの?」と言うと

「あ、DVDとか見せて一時期、英語が話せたりするかもね。でも忘れるのも早いわよ。」と。

彼女は20年、アメリカで英語と日本語の両方を使う子どもたちを見てきています。子どもたちを通じて、親が両方の言語をどう教育しているか、様々な生のケースを知っているはずです。

バイリンガル教育自体が悪いということでは決してありません。両方、同時に使いこなせる両親がいたら、バイリンガル教育も良いでしょう。そのような検証もあります。また、海外に住んでいるとか、インターに行かせているとか、人によって環境が違いますので、全てのケースにピタっと当てはまる訳ではないかもしれません。

しかし、私の言いたいことを敢えて湾曲させて取らない限り、ご理解いただけると思いますが、なにも教育者じゃなくても一般の人でも、普通に考えたら、英語を母国語としない親であれば、まずは親の母国語での思考能力を子どもにつけさせつつ、第二ヶ国語として英語を学ばせるという方が健康的・・・ そう思いませんか?

でももし、英語が流暢に話せない親が、英語で子育てすることの方が、子どもの総合的な教育においても、ベネフィットがあるとお考えになる方がいらしたら、それはなぜでしょうか?理解できないので、教えていただきたい。「だって、いいじゃん、私が親なんだから、自分の子どもに何をしても勝手でしょ。」とか、「好きでやってるんだからいいじゃない。」とか、「楽しいし、子どもの英語の発語も早かったし、日本語はテレビ観るからいいじゃない。」とか、「あなたの書き方がむかつくから反対したい。」とか、そういうレベルの話ではなくて、論理的に大人が普通に理解できるように教えていただきたい。

疑問は:

英語が流暢に話せない親でも、英語子育ては子どもの総合的な教育においてもベネフィットがあるのか?ということです。

尚、ここで言うのは家庭での英語教育ではなく、英語子育てのことです。家庭での英語教育とは、母国語での思考能力を育てた上で、英語の教育もするということで、親子のコミュニケーションにおいて英語を主流として使う、英語子育てとは全く別物だと考えています。

ちなみに、信仰に近い信念を持って、CDやDVDを使って、または親が限界のある英語力を使って日常的に英語で会話し、バイリンガル教育モドキをされている方のマインドを変えたいとは、私は夢にも思っておりません。ただ最近、そういうものが一昔前よりも、たくさん目に入ってきます。なので私は社会の中で、バランスを取るために反対のオピニオンを述べさせていただきます。別な意見が提示されていず、シーソーが片側だけに傾いている状態はヘルシーではないと感じるためです。

※(家庭でのバイリンガル教育とは、親が二カ国語を同時に同じ量与えることができることと定義した上で、それができないのにも関わらず、無理やり英語で子育てするのをバイリンガル教育モドキと呼ばせていただきます。)

きっと私以外にも同じように思われている方は数多くいらっしゃることと思います。でも、そういう人たちが、敢えて名乗り出てご意見を述べられるとは思えませんので、その先頭役を引き受けさせていただくことにしました。

※(このブログのコメントコーナーを表現する場として、どうぞ英語教育についてご自分のご意見をドシドシとご自由に書いてください。日本のために、あなたの声を必要としています!もしブログが上手く機能していなくて、コメントが残せないようでしたら、私に個人的にメールしてください。コメントコーナーにコピペします:lunday■gmail.com ■を@に変えてね)

私は2005年頃から英語本を始めました。その頃から無料で英語教育の教材を提供してます。それにはビジョンがあるからです。

 

『自らが幸福となり、他の幸福に貢献できる人間に育って欲しい。
多くの親御さんはそのような希望を持って、子育てをしていることと思います。

しかし実際には、集団の中で自分らしさを貫いて生きるのが難かしかったり
学歴社会の競争があったりと、一人で現実を無視して夢を見ていたら
自分の子どもの人生は生き難いものになる、という不安は拭えません。

私には夢があります。そして、多くの人とこの夢を共有することができれば
一人では到底実現不可能な夢が、現実化することが可能だと信じています。

その夢とは、一人一人の子どもたちが自分の好きなこと、自分が得意とすることで
人類に貢献できるよう、教育され育成される土壌を日本に築き
未来の日本が、世界をリードする国となることです。

学校や社会に適応しつつ、あなたの子どもの能力を引き伸ばすことはできます。
ただの出る釘になるのではなく、出すぎた釘になればいいのです。
そして、一人一人の親が“心ある出すぎた釘”となる子どもを育てることができれば
きっと未来の地球は、劇的にポジティブに変化することでしょう。

揺りかごを揺らす私たち一人一人の親の手が、世界を握っています。』

 

このような世界になることを目指して英語本を始め、ずっと他のことで仕事をして稼いだお金を投資し、英語本はゼロからというか、持ち寄りでマイナスから始めました。なので、ゼロに戻ることは怖くないので、多くの人を敵に回したとしても、それを恐れて真実を伝えることはやめません。

ただ、間違った英語子育てをしている方も、知らなかっただけとか、子どもに良かれと思ってしている、善良な母親の一人なんだと思うのです。自分の子どもにとって将来、母国語と同時に育つ思考能力がいかに大事であるか分っていながら、英語子育てを選択している人ばかりではないでしょう。きっとただただ、子どものためと思ってされていることと思います。

しかし、一歩踏み込んで考えてみるのも悪くないかもしれません。子どものためと思いつつ、実は心の深いところでは、子どものためではなく、不安が隠されていたり、虚栄心が隠れていることもあるかもしれません。人間、みんなそんなもんです。私も、そういう自分と日々闘っております。

で、そういう方たちのためにも、両者の意見があるべきだと思っています。また一方のみの意見が強大、もしくは巨大になり、多くの英語教育で迷える親御さんたちが、そちらの方ばかりに傾き始めたら、それは危険な状態であると思っているため、このように憎まれることを承知で、私は声を大にして反対の意見を述べさせていただきます。

但し、対岸にいる方たちを変えようなどとは思っていません。基本的に様々な人や考え方があって、調和がとれるものと思っていますので。だけども、対岸の声が大きいからと言って、意見が平等に出されない状態は、よろしくないと思います。

なお、多くの方がブログで英語育児日記を書くことに対して、もちろん反対は全くないのです。自分だけでやっている分にはいいんじゃないでしょうか。人を誘導してなければ。そういう意味では、ほとんどの方は意識的に他のお母さんたちを自分が信じる英語子育てに誘導しようと、ブログで日記を書かれているとは、そもそも思っておりません。

では、なにが危険かと思っているか?

まずは、想像していただきたいのですが、もし、万が一・・・と言っても、そうはならないとは思っていますが、でも万が一、日本のかなり多くの親御さんが、英語を主流とした教育を始めると想像します。

そうならないと思っているのは、難しくてできないと思っているからですが、でも、少なくても幼児期だけでも、それができると思える教材がどんどん売られるようになって、そういう風潮が煽られるようになって、早期に英語を詰め込まなければ、自分の子どもだけ取り残されてしまうという不安が煽られ、またはそれがファッションのように流行し、0歳から母国語ではなく英語で語りかけをする人が、日本全国に増えると想像してみてください。

そんな人ばかりになっていると具体的な想像をするのが難しければ、まずは一人そういう人を思い浮かべてみてください。そして、次はそのような人ばかりになっていると想像を広げます。え?自分がその一人?だとしたら、自分のような人ばかりが溢れた日本を想像してみてください。

更に極端に続けます。

母国語での学力がしっかりと身についていず、英語だけできる子が増えるとしたら、日本はグローバル化された国になると思いますか?

また母国語での思考力が育っていない子どもたちばかりになったら、将来、様々な分野で活躍できる人材が増えると思いますか?

母国語を捨てる人たちばかりになった日本の将来、私たちの日本人の祖先たちが一生懸命築いてきた、教育や文化はどうなってしまうのでしょう?リアルに想像してみてください。

今の世代だけでなく、次の世代、またはその次の世代まで、どうぞ想像してみてください。

これは日本全体のことですし、そもそもそこまで極端なことにはならないとは思ってはいますが、今もし、一人のお母さんが、そう、たった一人のお母さんでも、私が書いていることを読んではっと気付いてくれたら、私はそれだけで本望です。

なぜなら、その一人のお母さんのお子さんの人生が、それで変わるかもしれないからです。幼児期の母国語での思考能力を養う教育は、人の人生を変えると思うほど、私はとても重要なことだと思っているのです。ですから、一人だけ、たった一人だけにでもリーチできたら、これを書いている意義があるというものです。

さて再度申し上げますが、バイリンガル教育が悪いのではありません。それができればいいんです。ヨーロッパなど数ヶ国語を話す家庭はたくさんあるでしょう。でも、そういう家庭でのバイリンガル教育を引き合いに出しても、日本の普通の家庭の状況と比べることはできないはず。

私は英語ができます。夫はネイティブのアメリカ人で、彼の日本語は3歳の子ども程度です。それでバイリンガル教育はできたのか?と言うと、胸を張ってできたとは言えませんね。なぜなら、夫がいる時は日本語で話をしたら、夫には日本語での会話が理解できないから、家族のコミュニケーションに弊害が出ます。うちの場合は、日本にお住まいの方とは違い、子どもは3歳からアメリカで育っていますので、3歳以降は英語ではなく、逆に日本語の習得が問題でした。

しかも息子は4歳から10歳まで日本語を使うことを拒否していましたので、私は将来的なことを考えたら、言語習得を強制するよりも、彼が日本語を話したい時期を待つことにしました。結局6年待つことになりましたが、3歳までの日本語のインプットがありましたので、10歳になって息子が日本語を本気で覚えたいと思った時には、驚くほどのスピードで彼は日本語が話せるようになりました。でも・・・

4歳から10歳まで日本語を話さなくなった息子は、時々、日本のおじいちゃんおばあちゃんと電話で話しをしても、私が通訳をしないと通じないほどでした。また、日本語が通じないと、母親の私が英語を駆使しても、言霊が通じていない感じがありました。これは小さい子どもの子育てではなくて、子どもがだんだんと大きくなって、複雑な会話をしなければならない時に、とても大きなハンディキャップだったと思っています。

母の私が心から息子と語りたいことがある時に、自分の母国語で話ができないのですから。幸い息子は10歳以降、日本語を話すようになりましたので、今は問題ありませんが、4歳から10歳までの間それができなかったことだけでも、親子の絆をなんとギクシャクさせたことか。

英語ができるようになるためだけの教育をしていて、母国語をきちんと習得させていなければ、研究結果などでは出てこないかもしれない、“言霊が通じない”などと言った、母親がお腹で感じるだけの、ちょっと人には証明しにくい、このような実態もあるということです。

ルーマニアの孤児を養子に貰った人が言っていました。赤ちゃんの時にお母さんに触られたり抱かれたり、話しかけられたりせずに育った子は、彼らの脳に愛されるというすり込みがないためか、後からいくら愛情をかけても、もう元には戻らない・・と。知り合いの子は精神科に通っています。その子を養女にしたお父さんはこう言っていました。「抱かれたり、肌に触れられたりなどがされなかった孤児たちの多くは、人と関わることのない物作りなどの仕事で救われるケースはあるけど、普通に生活できない人が多いらしいよ。いくら愛情をかけて育てても、両親の家に火をつけるという事件も多くあるらしい。」と。そして彼は、その子がズタズタにした彼女の部屋の壁の写真を見せてくれました。その子のせいじゃない。その子は苦しんでいるのでしょう。

言葉を通して親の心を伝えることができない会話の連続で、毎日子育てされているという状態が0歳からの幼児期の環境であったなら、それによって小さな子どもの心理に、一体どのような影響を及ぼすことになるのか?このことは今はまだ検証などされていないでしょうし、研究もされていないと思います。では判断に頼れるものはなにか?母親がお腹で感じる、母親が肝で察する直感のようなものではないでしょうか?しかし、その感覚は親のエゴや虚栄心や見栄や不安で見えなくなることもあるでしょう。

60年代から70年代、赤ちゃんを粉ミルクで育てる方が科学的にみて良いとされてた時代がありましたね。でも今は、科学で母乳で育てた方が良いという結果がでています。ちなみに家族共々の親友が、その研究ではアメリカでの第一人者です。彼女とはその話しを何度もしたことがあるのですが、問題は科学的に証明などされていなくても、なぜ母親の直感でそれが見えなくなってしまうのか?ということなのです。

友人の学校の先生は昨日言いました。「母国語がまず大事だってみんな知らないの?」と。「だって、考えなくたって分ることじゃない。」と。

普通に考えたら(母乳で育てる、母語で育てる・・・それって当然じゃん)と思うことが、見えなくなることもある。それはなぜなのか?ホントに、、、、なんでですか?

怒りを外に向けて発散させるのは強さではありません。本当に勇気がいるのは、自分を見つめることです。どうぞ、なぜなのかご自分の中に答えを探される勇気をお持ちください。

さて、こんなことを散々言わなくても、普通に賢く考えておられる親御さんの方が、きっと大半なはずだと想像しております。「日本語で話すことをがんばってまーす」とか、わざわざそのことをブログに書いていないだけなのだと思います。で、そういう方には、マイルドな英語教育で十分であるとお伝えしたいです。かけ流しでリスニングの耳を養うだけでも十分かもしれません。英語漬けにしてまでバイリンガル教育をするつもりはないけど、でも英語は習得してもらいたいと思われている方には、リスニング力をつけさせるためのかけ流しと、単語を楽しく遊ばせながら、生活の中や読み聞かせした本と関連させて“少しずつ覚えさせる”。そして見たり聞いたり考えたりにつなげられる、英語の絵本の読み聞かせ。それらを積み重ねるだけで、その後の英語習得がスムーズにいくことでしょう。あとは、子どもが英語を好きになるということに、ちょっと母親の機転と想像力を使えばいいだけです。

どっちにしても、短期に一気に詰め込みなどできません。なので細く長く継続させるために、親子で楽しく一緒に勉強していけばいいのではないでしょうか。

 

コメント

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いつも読み終わった後ため息です。

私の周りは結構英語教育熱心な親が多いかもしれません。
殆どが教材ですが、アメリカンスクールの幼稚園に通わせている方もいます。

そんな中でやはり、私もほそぼそと、なんていいつつ、
マミ~が仰るような虚栄心、不安感、焦り、は自分の中に確実にあります。認めたくないけれど・・・。

今日読んで思ったのは、本当にマミ~はヴィジョンが大きいと感じました。それは何度も、チル大でもブログでも書かれていたのに私にはなかなかできません。

目先のことで子どもが自分を喜ばせることはなんの意味ももたないのに左右されてしまう。

10年先、20年先を見て何ができるか。
英語教育だとか言う前に、私の意識を変えなければ(><)


+++

このような壮大なブログの後にすみません。
ちょっと質問があって、も~~~~し、お手すきの時があれば考えを伺えたらと思っています。

メディアについてなんですが
マミ~はドゥーゲンくんにテレビをあまり見せていなかったと思います。
でも映画やドキュメンタリーなどに関しては結構見せていたような・・・。
ということはテレビを見せていないというよりは、バラエティーやアニメを控えていて、テレビ自体は結構見ていた、ということですか?

毎回ブログ楽しみにしています。
今回もありがとうございました。

マミ~

じつに明快な記事をありがとうございます。
国語力については日本全体で低下傾向が見えるということで、
家庭において力を入れていかなければいけない重要項目の一つと思います。

恥ずかしながら私は昔、
「日本に住んでいるんだから日本語なんて自然に習得できるんじゃない?」と思っていました。
ところが、親が意識して語りかけをたくさんしたり、絵本を読み聞かせしてきた家庭と
そうでない家庭とでは、かなりの開きがあることに随分たってから気が付きました。

英語での語りかけが悪いとは思いませんが
オール日本語で子育てをしていても国語力の低下が顕著な昨今ですから、
そこに英語が入ってくるとなると
通常より2倍量の語りかけが必要となりますよね。

読み聞かせの本も日本語のぶんだけでも時間が足りなくて、
もっと読める時間があったらいいのにという状況なので
ここに洋書もとなると、これまた2倍量。
それが出来るのならいいのですがなかなか難しいことだと思います。

私の地域では英語育児をされている方が多く
スーパーやおもちゃ売り場に行くと必ず英語で会話をしている親子に出会います。
お母さんが日本語で注意しても聞かない子が
英語で言うと、指示にしたがう、という光景を何度かみかけました。
(お母さんは日本人です。子供もハーフではない明らかな日本人親子です。)

あの子たちが、あのまま成長したらどうなるんだろう?
日本語で真剣に語られた言葉をちゃんと受け止められるようになるのかな、
人とのコミュニケーションはどうなんだろう?

と人ごとながら、懸念を抱きました。

書きたいことは色々ありますがコメント欄ですのでこのへんで・・・

チル大一期生の者です。
マミ~がお作りになったノウハウをただ商売の為の物であると言い切られてしまう事に悲しみを覚えています。
確かに若干難しい内容もあるとは思いますがとても大切なことが書かれていると思います。
理解すること、実践すること、どれも最初はなかなかできず凹むこともありましたし、時に今もあります。が、チル大にはとても助けて頂いていると思いますし、これからも生かして行きたいです。
親も子供も一人一人違っていて個性や理解度も違うことを前提に作ってあるチル大。何も一般的に言われる天才を育てるための物ではないと思うのですが・・・。
言葉は「言霊(ことだま)」から来ていると聞きました。その国に暮らす人にとって、その国の言葉は絶対的に重要だと思います。日本人が本来持っていたであろう「こころ」はこれから取り戻す必要があると考えています。

私自信、過去に英語育児が上手くいかないのは英語に注ぐ
力や時間、意気込みが足りないせいだと思いこんでした行動によって、育児の色々な面で「やってしまった」と感じさせられることが度々現れました。

今改めて、子どもの成長を考え、少しずつ今感じていることに付き添って楽しいと感じられることが、とても幸せです。
その方向転換のキッカケが、チル大でした。
行動すればするほど、生活に変化が現れました。


マミ~がチル大を作ってくれたことに、感謝してもしきれません。

私は、自分が日本のことも、日本語も、風習も、文化も。
私自身が知らないこともたくさんあって、まだまだ子どもに伝えなきゃいけないこともたくさんあるんだと気づくことができました。

マミ~の言葉に、もっともっとたくさんの人が大事なことに気づいてくれたらいいなと思います。

57歳のおじさんがこのブログに参加するのは場違いだとは思いますが、一応外国語大学で外国語(ドイツ語)を専攻し、今も通訳や翻訳のまねごと(英語)をしている者として言わせていただくと、日本人であるにも拘らず、自分の子供を英語で育てようとしている人がいるということを初めて知って驚きました。

りかさんがおっしゃっている通り、私の同僚などからも最近の日本人の日本語能力の低下には非常に危機感を感じています。日本人がどんどん日本人ではなくなっており、寄って立つ背骨を失おうとしているように感じます。

同時通訳の草分けである国弘正雄さんは、「母国語と外国語はコインの表と裏のようなもの。」という表現で、外国語ができるようになるためにはしっかりした母国語の能力が必要だと言っておられました。
また、ロシア語の通訳者であった米原万里さんも「母国語以上に外国語は上手くならない。」とおっしゃっており、全くその通りだと思います。

子供さんに対して熱心に英語を教育されているお母さんの多くは、自分が長年英語を勉強していながら話せないから、自分の子供には英語を話せるようになって欲しいと思っておられるからだと思いますが、そのお母さんたちが長年英語を勉強しながら話せないのは、日本の英語教育の方法に問題があったからであり、母国語も定着していない時期から子供に英語を学ばせる必要はないと私は思っています。
それよりも大事なのは、マミ~さんもおっしゃっているように、自分の国の言語がしっかりと話せ、自分の国の歴史や文化を十分に理解して外国人に説明できること、別の言葉でいえば「立派な日本人になる」ことがいわゆる国際人としての第一歩で、次の一歩は自分とは違う考え方や文化の存在を肯定できる人間に育てることだと思います。

書いてくれて、ありがとう!私も、ずっと書きたかったんです。
でも、英語本をやってるマミ~のブログには書けなかった。

実はうちは、幼稚園に入る頃(4年前)に、英語育児からかなり離れました。いわゆる3歳まで英語も日本語も良く覚える時期からうまくつなげられなかったから。これは息子のせいではなく、私のやり方がまずかったのです。3ヶ月ほど、英語ナシの生活を送ったらあっという間に聞くことができなくなってました。もちろん、焦りました。私がね(^^)

でもね、その後色々と考えることがあって。
私にとってかけがえのない大事な子どもを、私の勝手なエゴで子育てしてはいけない、まずは子どもとの関係を良好にするために毎日がんばろう!と思ったんですよね。
息子は決して問題児ではなかったし、どのお母さんからも褒められるんですけど、若干弱い部分もたくさんありましたから。

そして、幼稚園に入ったらまず英語よりも日々の環境を整えることに全力をそそぎました。元々英語は教材が簡単そうだったからやってみたまでです。一時期ははまり過ぎましたが(汗)
6歳からは日本語の絵本を毎日1冊読み聞かせました。とにかく読み聞かせをしました。
算数などのプリント類は全くさせませんでした。
日本語の間違いは、今でもチェックが厳しいですし、「それ、ちゃんと意味わかってる?」から、「そんな考え方はお母さんは認めない」までなかなか怖いお母さんです(ハハハ)

小学校に入ってみて、算数は大丈夫だと思っていたのですが、思ったよりできたのは国語です。思ったよりと言うのは、なぜなら、うちの子は自力で本を読んだことなど、なかったんです。
先生から「ちゃんと文章を理解してます」と言われても(このテストができない子がいるのか・・・?)と非常にフシギです。通信をやっている子、塾へいく子、公文をやっている子・・・さまざまですが、その中でもわりと出来るようです。家でも勉強は宿題と週1の文章問題だけ。(たまに「宿題するなー!」と怒られる息子です)

8歳まで子育てをしないと見えないことが一杯ありました。
今、私ははっきりと、息子はやる気になればバイリンガルになれると思ってます。でも、そう、日常生活のことをできないのにバイリンガルになっても仕方ないって思ってます。

だからこそ今日もいいます。
「人が話してるときに、その人の顔をみてるだけで内容は頭に入る。これができないなら、学校へ行く資格ないから。家でまず掃除からはじめなさいよ」って。

りかさん

「わたしリカちゃん・・」って、小指を口の端に入れたくなりました。気持ち悪い
現実は 「わたし、オバちゃん・・」と言って、両手を腰に当てて仁王立ちよ。(笑)

で、色々考えているのですね。よろしいこと、よろしいこと。ホホホ ←おばちゃんまるだし。

確固たる答えを持っていることで、そこから先に考えることをしなくなり
妄信&猛進で自分が固執することに突っ走るより
答えはなくても、考え続けることの方が成長できると思っています。


で、テレビの件。

うちはテレビの箱はありましたが、ケーブルもしくはアンテナがなかったので
テレビの電波を受信することはできませんでした。
子どもが生まれる前からその状態で、今に至っています。

テレビの存在が悪いんじゃないんですよね。
コンテキストです。内容が問題。

いつも言っているトンカチと一緒で、トンカチは存在する。

トンカチの存在自体には良い悪いはないけど
ハードじゃなくて、ソフトの部分。つまり使い方が問題ということですね。

うちの場合は、たくさん見せてたということはないですが
映画とかドキュメンタリーは見てました。

どのくらい見てたかとか、何を見てたかというソフトの部分は
家庭によって違っていいと思います。ただ、適切にハードを使える
親のマインドが知的でしっかりしていればいいのだと考えています。
それが優れたソフト。

ソフトが優れていなければ、テレビは1時間しか見せないようにとか
ドキュメンタリーはこういうものを見るようにとか
そういう情報だけあっても意味はないと思っているんです。

情報ならたくさんありますものね。なので情報はいらない。
問題は、親の心の在り方と知恵ね。

まなりん

コメントありがと♪

全国的に国語力の低下という問題は、本を読むことに取って代わって、テレビから始まって今はゲームに時間が取られるようになった、、、ということが大きな原因じゃないかと睨んでいるんだけど。

「便利ツールが引き起こす言語力の低下」
http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20101227.htm#profile

ここでも言われているけど・・・

掘り起こせば、言語力の低下と電子機器の氾濫の関係の記事はたくさんありそうですね。

しかし、外に出て英語で話しかけしている人を見かけるというのは、私が日本にいた時には見たことない光景です。いずれそれが当たり前の光景にならないことを祈りますわ。

あでぃーさん

心配してくれて & 励ましてくれて、優しいお気持ちありがたいです。

http://www.ma.ccnw.ne.jp/cocktail/site2/kyouben1.html

これ読むと面白いですよ。

例えば、英語本やチル大を「業者」とひとくくりにしてレッテルを貼ることで、悪いイメージを広めることができるということですね。知らない人が聞いたら、「業者」がやっているのだからと言えば、それだけで中身を知らないのに悪いイメージを与えることができます。

それをするかしないかの境界線は、人間としての”尊厳”だと思っています。

でも、このようなことは世の中見渡すと溢れています。そういうことも含めて、私たちはクリティカルに思考できる力を養わなければいけないということだと思います。そして、思考できる力を子どもにつけさせてあげないとね。

言語はそもそも魂が元となって作られた・・・と考えるのはロマンがあっていいですねえ。

私は英語ではオ○○チンってそれほど恥ずかしくなく言えますが、日本語だと口にできません。第二ヶ国語だと母国語のような感情が入らないんですよね。

まよけちゃさん

がんばってる~?
あれからアトピー、どう?

チル大全部終わらすことができたって・・?
それ、凄いと思う。ホントに。凄い。

作った本人がこんなことを言うのもなんですが
あれは、だいたいが全部こなせる人はいないと思って作ったんだから。

なんで、そんなもん作るんか!って?(笑)
それはきっと、サービス精神っていうかなんていうか
払ってもらったお金以上の濃い内容を作っておこうって思ったのね。
それで、その時はできないと悩む人がいるとはぜんぜん想定してなかった。
みんな、まじめで勉強家なんだなって思いました。

でも、お役に立てたようで良かったです。
なにせそちらは、4人分ですものね。(笑)

馬きちさん

コメントありがとうございます!

「母国語以上に外国語は上手くならない。」

↑ これズバリ、一言で説明されてます。
私も実感しております。
最近は、言語じゃなくてボディー・ランゲージと顔の表情で喋ることを磨こうかと。(笑)

コミュニケーションは、言語が10%で非言語が90%って言いますものね。実際、最近、馬をやり始めてから、本当に非言語コミュニケーションの重要さに気付いてきたというか、自分では前よりは敏感になってきたと思っています。

言葉だけできたって、本当に何にもならないって、海外で色々な人と様々な仕事をしたりプロジェクトをしてきたりして、実感します。もちろん、言葉は理解した上で、、、ということですが。でもなんですね。どこの世界に行っても、結局は人間性だと思います。つくづく。

エネルギーを使ってコメント書いてくださってありがとうございました。感謝。

おーやん

シェアしてくれてありがとう。

失敗したかも?という時に、親のエゴに固執せず、方向転換できたのは
やっぱりぼくのことを第一に考えることができたからでしょうね。

そういう失敗って誰でもあると思う。私もあった。
でもって、それを教えてくれる先生はいつも目の前にいる子どもだった。
きっと、おーやんもそう思ってやってきたに違いない。

読み聞かせは大事。本当に大事だと思う。
でも、英語教材はたくさんある中、どうして企業は読み聞かせを推奨しないのか?
読み聞かせを推奨しても、読み聞かせの商品開発はできないものねー。

それとも・・・

・親子、読み聞かせリクライニング・チェアー
・読み続けても目が痛くならないサングラス
・片手で持ってページをめくれる不思議本で家事をしながら読み聞かせ
・就寝前に子どもに聞かせるテープ『あら不思議、朝起きたら読み聞かせをしてもらいたくなる』
・読み聞かせの時間になったら教えてくれるプーさん時計


こんな商品開発だってできるかもしれないのにね~。

っていうのはウソで、こんなアイデア、即却下だね。ぷぷ

娘の小学校では、朝に読書の時間があったり、毎週、図書室から本を借りてきたり、町立図書館の巡回車が学校に2週間に1回廻ってきたりしています。
低学年のときは、授業の中に「図書」とか「ことばの学習」(フィンランドメソッドの指定校になっていたからかも)という時間がありました。
論理的に物事を考えたり、意見を述べたりしていて、今はそれを基礎に、他教科(算数等)にも応用しています。

そんなことが少しずつ効果をなしているのか・・・
年末にこんな記事もありましたよね。

http://mainichi.jp/life/edu/mori/news/20110115ddm013100135000c.html

まだまだ問題は残っていますが、読書(日本語)の習慣が良い影響を与えていることは、記事を読まなくても推測されます。

「英語が読めるようになれば、幼児から培ってきた英語力が定着する」という説はよく聞かれますが、日本語の本を差し置いてまで英語を読んでもらおうとは思いません。
(自然と読めるようになって
主人も「英語は本人がやる気になったらに伸びる(中学・高校あるいは大人になってから)」という考えです。

他のところも書きましたが、意に反して下の子(2歳)が英語を話し始め(知っているフレーズをアレンジして使うだけですが)、親としては焦りを感じています。
で、必死で今まで以上に、必死で日本語で話しかけて、おしゃべり母ちゃんになってます(笑)

国際結婚で海外に住む知人(日本人のお母さん)のお子さんは、英語の小学校に入学したものの言語面でなじめず、フランス語の小学校に入学したらあっという間に話せるようになったそうです。
これは、たった一人の事例ですが、私も同じように言語に触れていても、子どもによってその言語の吸収の仕方(合う合わない?)があるように感じています。
それは、それまでの環境(意図するかしないかは別として、胎教とか)にも関係するのかもしれませんが・・・。

今、この時の、「わが子」を見ながら、バランスを考えて関わっていくとよいのではないでしょうか。
海外に住んでいるお子さんと日本に住んでいるお子さん、外国人の方と交流のあるご家庭とそうでないご家庭・・・いろんな状況がありますので、判断するのはやっぱり母親ですよね。(責任を感じます)


まとまりのない文章になりましたが、最後にもう少し。

1回目の「英語教育で迷わない方法」の最初の部分を読んで、軽く心が痛みました^^;
その後、何かを発信するときは、書き方に気をつけようと思いました。

でも、それよりも何よりも次の部分を読んで、他の人にも読んでいただきたいと思ったからブログで紹介させていただきました。

>息子が英語と日本語を話せるだけでなく、学校の成績や全国テストの点数が良いだけでなく、人と上手く付き合うことができ、倫理観を持ち、高い自己肯定感と自己効力感を持ち、文化的で、心身ともに健康で、家族に優しく、きっと将来、人のために何かできる人間になるだろうと思えるまで待ちました。

英語がどうとかは置いておいて、人間の成長においてとても大切なポイントが書かれていると思ったからです。
私にとっては、マミ~の記事が単なる「ブログ批判」には見えませんでした。
それなので、言葉足らずで紹介して、このような騒ぎになって申し訳なく思っています。

私は英語本の関係者ではなく「ユーザー」ですが、
マミ~のお子さんにもお会いしたことがあるので深く頷くことができたのです。

なんであれ、子どもを思う親の気持ちは同じだと思います。
議論は大いに結構ですが、敵対するような形になることは悲しいことですね。。。

1回目の「英語教育で迷わない方法」を読んだ時から、何度かコメントをしようと思ったのですが、うまく考えがまとめられず、何度も書いては消し書いては消しを繰り返しています。

学生時代にイギリスとアメリカに滞在する機会がありました。その時、あまりにも自分が、日本のことを知らないので恥ずかしい思いをしたことが何度もあります。さらに、彼らが持っている自国に対するプライドに比べ、自分の日本に対するプライドがいかに低いかということに気づいたときはかなりショックを受けました。英語が多少しゃべれるようになっても私という人間を認めてはもらえませんでしたが、日本舞踊を披露した時は一気に認めてもらえたような気がしました。それ以来、自分は日本人であるということに誇りを持って生きたいと思って来たのですが、こと、子供の英語教育に関しては知らず知らずと間違った方向に歩んでしまうことがあるようです。英語で話しかけるようなことはしていませんが、無意識に「英語」、「英語」と言ってしまっている様で、息子には「英語は分からないから嫌だ。」と言われてしまいます。主人にも「今、息子に英語を強制して、英語が嫌いになってほしくない。」と言われています。今は、「英語」を強制する事はやめ、自分で英語を学びたくなるように、色々な話を息子としています。

今回のマミ~のブログを通して「何故、子供に英語を教えたいのか?」をずっと考えています。答えはまだ出ませんが、1つ感じることは、「自分が多少出来ることを子供に教えてあげたい。」と言う気持ちが強いのかなということです。子供の為と言いながら、自己満足の為に子供を利用しているだけだったのですね。

言霊の話、よく理解できます。息子には私の思いを真剣にぶつけたいので、日本語(母国語)を大切にして、子育てをしていきたいと改めて思いました。

私はチルドレン大学の受講者ではないですが、無料のコンテンツを利用させてもらっています。
英語育児を始めたばかりの方が、まるでお金儲けの商材のように勘違いされて、素晴らしいコンテンツを避けられてしまっては、とてももったいないことだと思います。
私は英語ブログで仲良くなった方も多く、名前を出して反対意見を述べる勇気がない為、こういう形でいろいろ書いてしまい、マミ〜さんには申し訳なく思っています。
ハンドルネームでなく、顔も名前も前面に出して、包み隠さず発信されている姿はとてもかっこいいです。

私は英語育児生活⁉も少し長くなり、長期間熱心に英語育児をされている方に出会うことが多くなりました。
その中で、小学生で日本の普通の学校に通って生活しているのに、日本語が弱いお子さんに2人出会いました。
とても驚くとともに、信じられない気持ちでいっぱいになりました。
心に響く言葉も、スムーズにでてくる言葉も英語のようでした。
日本にいれば、当たり前に日本語の達人になると思っていた私にとって、その子達のことを知れば知る程、不思議でしょうがなかったです。

今、まみ〜さんが一生懸命、日本の子供達の将来の為に考えられていることが、間違ったとらえられ方をされないことを祈っています。

マミ~、ありがとうございます!リカちゃんです・・・(笑

悩んで悩んで日々試行錯誤ですが、それを良いと思ってもらえて自分の気持ちが楽になりました。
一番の悩みはダメ母ってことなんですが。。。

テレビについても全然関係ないのにありがとうございます^^

テレビは・・・私はあまり見せるのが好きではありませんでした。主にNHKの子供向けを2,3と二ヶ国語のアニメを2つほど録画予約してどうしてもぐずったときなどに助けてもらう、のような感じでした。
でも、先日昔のマミ~のブログでサウンドオブミュージック症候群の文章を読んで、私もこうなのかしら?と思ったわけです。


私自身は両親が映画好きでそれこそレンタルして色々観ました。チャップリンやジャッキーチェーンそしてどらえもんのシリーズが好きでした。
そういう経験も自分自身を作っているのに私だけが子どもには一部の制限されたものだけと言うのもおかしいですね。

英語教育もテレビも結局使い方ですね!

今、3歳の子がいます。

別にバイリンガルにしたいとかは思っていないのですが、将来的に話せると、本人の人生の幅が少し広がるかなと思うので、ちょっとだけ英語教育を取 り入れています。

やっていることは英語絵本の読み聞かせとNHK教育のミッフィーを英語で見せること(本人が望めば何度も同じのを見せます)くらいです。以前はアルフもちょっと見せていたのですが、コワイから消してーと言われてやめました。面白いのに。フルハウスも見せたことがありましたが、私の英語力が 追いつかないのでやめました(涙

TV、絵本共に、共通して我が家で心がけていることは、日本語で解説しない!ってことです。

英語の絵本を読んでも翻訳はしません。

読んでるときに何か聞かれると、絵を指差してコレだということを教えたり、単語を繰り返して答えたりします。

それを彼女なりになんとなく理解しているようです。

もちろん間違った理解や勘違いもあるでしょうが、敢えて訂正しません。

それでも、先日、お絵かきをしていたら、自分でまるを書きながら、「まるー、さーこー、まるー。・・・ねえ、ママ、まるはねえ、さーこーなんだ よ」と言い出したのでちょっと驚きました。敢えて翻訳して教えなくても、違う言語で同じものを指しているって事が理解できるんですね。子供の脳内 でどういう風に言葉や物事が繋がっていくのかって、とても面白いと思います。


さて、母国語が大切、という件。

私もそれは非常に感じます。

それより何より、私、日本語が大好きなんです。

日本語って美しいし、面白いです。

そして私は本が非常に好きです。暇さえあれば本を読んでいるくらい好きです。

中毒といっても良いくらいです。

とにかく本って面白い。物語って楽しい。それを子供に伝える為に、子供には6ヶ月くらいの頃から、毎日何かしら絵本の読み聞かせをしてきました。

一時期は寝るまで読んでたら、毎日10冊~20冊くらい読まされる様になって、読めば読むほど楽しくなって目が冴えて、寝かしつけの時間も1時間 を越えるようになってきたので、最近では自分で選ばせて5冊だけとルールを決めました。

で、その中で、英語の本を1~2冊読んでいます。
もともと本を読んでもらうことが好きだし、小さいころから、時々英語の絵本も混ぜて読んでいたので、特に英語の絵本にも抵抗は無いようです。

決して押し付けることはしないように、気をつけています。

それでも、日本語の本は日本語の本で面白いし、英語の本はまたちょっと違って面白いと感じていくれているようです。

読んでもらうのが楽しい為か、自分で文字を覚えようとしないことがちょっと最近悩みの種ですが、まあそれは成長と共にどうにかなるかなと思って、 今はこういう方針でやっています。

そんな状況で、今度、100冊マラソンにも参加させていただくことになったので、とても楽しみにしています。


本当に何が良いかは、実際に大きくなって見てから子供に聞かなければ分かりません。

有効なことをしているかどうかももちろん分かりません。

とりあえず大切なのは、親が迷わないこと。

いえ、迷ったり悩んだり考えたりはもちろん大切ですが、迷っていることを子供に見せて、子供を戸惑わせ ないことだと思うんです。あとは、頑張らないことかな(笑)

アレがいいと聞いたからやってみよう、効果が無いからコレをやってみよう、そういうのだけは良くないかな、と思います。

育児は楽しく!親子共に楽しくやれることを、続けていけたら良いなと思います。

1歳9か月の子の母です。私もインターナショナルスクールに通わせるかとワールドワイドキッヅの教材を買うか迷っています。インターは子供がなぜか見学に行くと泣くので可哀そうかなと思っています。雰囲気がすきじゃないようです。私自身がとても英語が好きだったので私がかなわなかった留学をもし子供がしたいと言ったらさせてあげなくてはということとこれからは日本にいても英語がしゃべれれば仕事の幅が広がるであろうといいうことで英語をまなばせたいとおもっています。でも確かに母国語を大切にしなければなとおもいます。あせって最近英語を教えなければと英語の教育が少し優先になっていたかもしれません。これからは母国語を大切にしていきたいとおもいます。貴重なご意見ありがとうございました。

前回の記事を読み、深く感銘を受けました。
そして、今回の「続」も読ませて頂き、また立ち止まり考えることが出来たことを感謝致します。

「自らが幸福となり、他の幸福に貢献できる人間に育って欲しい。」
我が家の教育方針と、とても重なるところがあり、英語育児云々の前に、根本的なところをもっと他の方々にも分かって頂けたら…と思うと同時に、一連の対立記事を悲しい気持ちで見ております。

皆さん、それぞれ自分のやり方で頑張られている方々だと思います。向かっている方向が違うからか、記事の捉え方は人それぞれなのは仕方がないことだと思います。
しかし、このような形で、批判し合うのはとても悲しいことです。

私は英語力もなく、頭が良いわけでもなく、そこら辺にいる一般人(おばさん?お姉さん!)です。
英語育児(マミ~さんの言う英語教育の方かな)を始めて数ヶ月しか経っていません。
しゃしゃり出る立場ではないことは重々承知していますが、すみません、出て来てしまいました^^;

私が見た限りでは、親子英語をされている皆さん、お子さんと楽しく英語を取り入れていて、とても上手に育児をされているなぁ、と感心してしまうお母様方ばかりです。
英語の教育を考えている方々は、他の教育にも関心が高いようで、日本語はもちろんのこと、学校の先生なんかよりも教育に関して詳しいんじゃないか…なんて思ってしまうほどです。

マミ~さんがご心配されているような程の極端な英語育児をされている方は少ないのではないかと思います。

ただ、こちら↓を読んでゾッとしてしまいました。
「…でも、少なくても幼児期だけでも、それができると思える教材がどんどん売られるようになって、そういう風潮が煽られるようになって…」

敢えてこのような反論的な記事で注目を集め、そうしてまで伝えなくてはいけなかった真のメッセージを、読み取ってくれた人が一人でも多いことを、子供達の将来を思う一人の母として、切に願っております。

よっしー

こんにちは。

なんで?なんで?よっしーが紹介してくれたから、このような騒ぎになったなんて、そんなことは全くないでしょう。第一、私のブログは誰の目にも留まるようになってるのだから・・・というか、誰もブログも誰の目に留まるし。なので書いて出した後、どういう流れになるかなんて、誰もコントロールできないことじゃないの?

私の場合は、コントロールできるのは自分だけだと思っているので、自分の意見は言うけど、あとは一人一人の選択だと思っています。

それで、よっしーは自分の子どもたちに英語ばかりやらせてしまったという、罪悪感でもあるのですか?私が見た限りでは、いつも日本語でちゃんと説明してたし、英語ばっかり使っているお母さんじゃなかったけど。

英語で発語したからと言って、そんなに大きな問題じゃないと思いますよ。コマーシャル見たら、覚えて繰り返すのと同じようなもの?とにかく、日本語での親の心と言葉が一致する言葉で、日常生活をしていればいいんじゃないでしょうか。

あぶこちてさん

コメントで意見をシェアしてくれてありがとう。

確かに~、英語英語っていうプッシュがあったかもね。でもボクちんがしっかりしてるから、お母さんやめてって言ってたよね。絶妙のコンビっていう感じでしたよ。

あぶこちてさんの場合は、固執してやっているという感じでもなく、明らかに(私、迷いながらやってますう~)っていう感じだから、逆にいいんでないの?何事もそうだと思うんだけど、固執を持っちゃうと、そこから考察が進まなくなっちゃいますよね。

私も息子に水泳には固執しちゃってさ。あれは大失敗したと思ってます。今でも。今も固執しちゃうことがあるんだけど、それは頭の中だけで留めておくようにしています。

だけど、親子って以心伝心っていうか、言わなくても固執していることは伝わっちゃうんだよね。なので、自分が固執していることを言わないだけじゃなくて、そもそも、そうあるべきと思う気持ちを持たない練習をしていますわ。

あ、仕事もう行ってないんでしょ?どうしてます?

samさん

タンブルブックス等、使ってますか?
あれら、いいでしょ~。

なんか悪いレッテルを貼られて、そういう無料で使えるものがたくさんあるのに、疑って使わない人たちもいると思うけど、そういう人とはご縁がないんだなって思っています。

母国語で乳児期に語りかけをしないことで、顔の表情と心と言葉の意味がちぐはぐになりますよね。でも、その時期、赤ちゃんはお母さんの顔をじっと見ていません?それには自然の摂理のような理由があるんだと思います。その間にきっと脳に、お母さんの声、言葉の意味、心、などなどがインプリントされているのじゃないかしら。

その時に気持ちと言葉の意味がちぐはぐになる第二言語でいつも話しかけしてたら、一体どういう弊害が生じるのでしょうか。それは学力の問題だけという短絡的なことだけじゃないと思っています。

コメントありがと♪

全然関係ないことをついつい書きたくなってしまう私の悪い癖。また出没です。

Dugan、水泳は嫌いでも泳ぐのは好きですよね。
よかったよかった。

取り返しのつかない間違いというのはそうないということですね。
「しまったー」と思うことがあっても、そこから出発できることがあるとわかって安心です。

りかちゃん

そーなんですよー。

サウンド・オブ・ミュージック症候群はそれはそれで問題ありだし
中庸って言いますか、バランスはコレ!っていうのはないですね。

とは言え、テレビやゲームはほどほどに・・と思っても
例えば、子どもが覚せい剤をやるとしたら、ほどほどにとは思いませんよね。

中庸なんて言ってられないこともあるんですよね。

Vallissさん

コメントありがとう♪

本好きなんですね。
偉い~。私なんて最近、本は夜寝る前にちょっと読むだけ。しかも、馬関係ばっかり。
読むよりも書いている時間の方が多くなってしまっています。
本当はもっと勉強しなきゃいけないのに・・・

親の方針があっちフラフラ、こっちフラフラになる、その根源はなんなのか?
って、最近考えちゃいますね。

大きなビジョンがないからじゃないだろうか・・・それさえあれば、迷っても戻る道が自分で見えると思います。その一つの道が一本ないと、道からそれた時に、どんどん迷路に入っていくということもあるでしょうね。

ところで、最近、馬に乗ってますか?

久しぶりにこちらを覗くと、なんだか凄いことになってました〜!

私はこういう話題になると思い出すのが帰国子女の友人。『自分がどこの国の人間かわからない・・・・日本にいると、外国人みたいと言われ、海外に行くと、やはり日本人みたいと言われる・・・祖国感がない』と。端から見てると英語使えてかっこいいーとしか思ってなかったので、この言葉は当時の私には驚きでした。

我が子に英語でのみ語りかけるなどという事自体が私にはハードル高いので(笑)やっていないというよりやれないんですが、ただ日本語の大切さというか日本人である誇りは常々教えたいと思っています。それは物事や人との関係なんかを「知ろう」と思う気持ちは己を知って始めて思える事なのでは?と感じているから。

話は逸れますが、夫と時折話題にするのは「自国を愛せなくなるような教育が問題」と言うようなこと。
これは誤解を恐れずに言うと、「自虐史観」っていったものでしょうか。(あれ?これってここで学んだっけ?もしマミーが書かれていたことだったらごめんなさい)

(もっと話が逸れるので)詳細は置いておくとして、自国に誇りを持つということはすなわち母語を使い、愛し、理解することから始まりますよね。
日本にはこんなに素晴らしいところがあって、これは自慢できるものなんだよと言うことをなぜにもって幼い頃から教えていかない教育になったのか・・・・。(これも政治的な話になるんでちょっと置いておいて)

なんかこの辺からとにかく英語教育さえすれば・・・・的志向がはじまったのではないかと勝手に私は考えました。(ここでは‘英語’を強調して書きましたが他にも色々あると思います)外に出ること世界を見ることはとっても大事!でもでも自分のいる場所をもっとしっかり見ようと、私自身今更思います。

あさママ さん

ひょえ~、今からそんな遠い将来のことを考えておられるのですか?
私にはない思考なので興味深いです。

私の場合は子どもが小さい頃などは、子どもと一緒のマインドでした。

”今、ここに” そんな思考で毎日いました。

そして、問題は、問題が起こった時に考えてました。
でも、不思議となんとかなるもんなんですね。

momさん

コメントありがとうございます。
すごくエネルギーを使ってくれているの分ります。ホントに。

momさんのおっしゃること分ります。そんなに英語子育てできる人はいないと思います。ある程度、英語ができる人、好きな人、自分ができなかったから子どもには絶対に英語力をつけさせたいという、強力な動機がある人でなければ、なかなかできないことだと思います。

が、反面、それができるよう手取り足取りサポートしてくれている教材が増えてきていますよね。なので、必然的にできる人は増える・・・と。

で、怖いのは、日本の文化云々もそうですが、もっと怖いのは、0歳からお母さんの顔、言葉の意味、声のトーン、言葉を通じた感情などがちぐはぐになる、お母さんの第二ヶ国語で話かけをされた子どもはどうなるのか?という部分なんです、実は。

かなりセンシティブなところなので、ここまで書くべきかどうか迷っています。今の記事で十分インパクトがあったのなら、これ以上書きませんが。どうなんでしょうねえ・・・

はさみささん

取り返しのつかないこともあるかも。

そして、間違ったことをした人たちを傷つけないために
黙っていた方がいいのか、それともこれからそういう人たちが増えないように
伝えた方がいいのか、迷うところです。

ちなみにDuganは今も泳ぐのは好きじゃないです。

P.S.
はさみささんのコメントの意図、分りますよ。私も同じ気持ちです。
だから迷います。

たーちぇん さん

ハロ~♪

第二次世界大戦後にそういう教育になったよね。
でもさ、他の国は国家、歌うしねえ。

ご主人と一緒にビールでも飲む機会があったら
私なんて、政治的な話しからぶっとんで、世界の陰謀とか
そんなところまで話しが飛んじゃうかもしれないわー。

しかし、もし、日本という国家を長期的な展望で転覆させようと思ったら
そうねえ、、子どもの教育の出版社やマスコミを通じて
日本人が日本語を子どもに教えなくなるよう扇動すれば
武器もなにも使わずに日本を手中に収めることができるわね。

ほら、こういう話、ビール飲んだら出ちゃいそうよ。(笑)

えー、そうなんだ。
うちは歩いて行けるところに滝があるんですが、彼はそこでむしょーに「泳いでいい?」と聞いてくるのでした。
私は泳ぎが苦手なので、「溺れても私は役に立たないよ。」と言ったら、「それは全然大丈夫。」と。ちょっとうらやましーな、と思ったのでした。
結局天気が悪かったのと時間がなかったので宮崎では泳げなかったけど、その後、しかも北海道で(なぜに・・・)ついに泳いだということを知って、よっぽど泳ぐの好きなんだなーと勝手に思い込んでました。

今ここで話題に上っていること。これは大丈夫大丈夫、取り返しつくよ、とは言いがたいことかもしれませんね。

ていうか、うちで子どもとのコミュニケーションを主に英語で、なんてことをしていたら、絶対に誰かにつっこまれます。
じじばば、兄弟、自分たちの叔父叔母、その他もろもろの親戚、「どうしてそんなことしてるの?」って。素直に疑問をぶつけられると思う。
以前、従妹の子どもが2歳ぐらいのとき、じじばばたちに囲まれてタオルか何かの色を「これ何色?」と聞かれていました。その子は流暢に「blue」と答えて「すごいねー、英語がわかるのー」と言われていましたが、「でも日本語を先に覚えないとね」と言われて(多分母に向けた嫌味)、その子のお母さんは苦虫を噛み潰してました。その子はディズニーの英語システムを持っていたので、ただアクティビティと同じノリで答えただけと思いますが。
とにかく、周囲の多くの人と日本語でコミュニケーションがとれないことに対してたとえ親が鈍感であっても、周りが許さないよ、という雰囲気です。ここでは近所のじじばば入り乱れで教育されちゃうんじゃないでしょうか。当の親たちは「まったく近頃の若いもんは・・・」って言われないように干渉されないように必死ですが。
いい意味でセーフティネットが働いているとも言える。

しっかし、街中で同じような行動をとっている母ちゃんたちに出会うという環境にいたら、ちょっと行き過ぎても気付きにくいかも。
変化は緩やかで流されているとわかりにくいから、時々立ち止まってはっと我が子の顔を見らんといかんごつあっですね。

ネット上だと、実際みんながどんな風にやってるのかわかりにくいとこありますもんね。
運営側としては、こんな風に発信したけど、「みんな、伝わってるー?どんな風にやってんのー?」というのはとても気になるところでしょうね・・・
ネット上では熱く語れるけど、リアルな生活の場で英語教育についてオープンにしづらい風潮がないですか?日本では。
教育ママに対する根強い偏見もあると思うし。


はさみささん

あー、あれねー、なんか日本であの時、無償に禊っていうか洗礼っていうか、そういう感じで、水にはいらなきゃていう、そんな感覚が自分でも分らないままあったんじゃないかしら。結局、北海道の湖で洗礼(キリスト教じゃないけど)したみたいです。(笑)

ルーツがある所で子育てできる人たちは恵まれていると思います。それなりの窮屈さとかあるかもしれないけど、でも、糸が切れた凧のようにはならないですよね。

都会で子育てしている人たちは、何世代かに渡って核家族の人が多いかもしれないですね。田舎の暮らしとはぜんぜん違うと思う。ある意味、便利だけど寂しい感じはあるかも。

田舎で一人でいても寂しい感じはしないのだけど、ニューヨークに仕事で行った時、ホテルで一人だった時は無償に寂しくなりました。その時、人間だけでない、木や虫や鳥や動物や水や大地などの、生命が田舎にはあるから寂しい感じはしないのかなって思った。

>変化は緩やかで流されているとわかりにくいから

多くのことにおいて、人はそうですよね。私の虫歯みたいに。

マミ~。私、石井ちさんや、まなりんさんにメッセ
いただいたときに
(マミ~、見てくれてたんだ)って、
嬉しかったです。チル大は、まだまだ挑戦したいことが
盛りだくさんなので、ママ専が終わったら再読していき
たいと思ってます。

次男のアトピーですが、薬をやめた当初よりも
血だらけ具合は軽くなりました。
不思議と、手のアカギレをしなくなり肘の内側やお腹の
湿疹と掻き傷が少しずつ減り始めました。

といっても、たまに目にされる祖母や先生達にとっては
「酷い傷」らしく、「ステロイドを塗っちゃだめなのか?」
度々、説得攻撃にあっております。


運動、食事+水、生活リズム、脱ステ。
絵本読み聞かせと一緒に、見えないゴールですが、その日まで
地道に頑張るつもりです。

まよけちゃさん

そりゃ~もう、全部見てますって。(笑)まよけちゃさんが、どういうプロセスで変化しているのか、ブログやコメントで見ることができてうれしく思っています。アトピーの件は、辛いね。親子共に。長期的なことを考えた療法と、短期的な対処療法、どっちもあっていいような気はするけど、でも、何か考えがあってステロイドは使ってないんだよね、きっと。

私が子供の頃、喘息で体が弱くて、うちの母は色々なことをしてくれました。お灸とか指圧とか、焼いた長ネギを首に巻かれたり。(笑)母親の気持ち、自分が子供を持って初めて分りました。

私も息子の鼻のアレルギーが酷い時、針(鍼灸師さんにもらった)をおでこに刺してました。ま、普通そこまでする人はいないのかもしれないな。(笑)でも、薬を与えたくなかったんですよね。しかも、薬は病院で処方されたものから、漢方まで試したけど、針が一番効いた。今でも鼻かんだりしているのを見ると、針刺そうか?とオファーするのだけど、「いい」と一言で却下されますよっぽど嫌なんだろう、それだけは自分からやって欲しいとは言われたことないし、私がオファーしてもいつもいらないと言われます。(笑)

鼻のアレルギー場合は、食べ物と運動である程度コントロールできるということが分りました。アトピーの場合はどうなのだろう・・・でもとにかく体が過剰反応してヒスタミンが放出されて、その結果アレルギー反応として現れるということなんですよね?どちらにしても、体全体の問題なんでしょうね。ただ、遺伝というのもあるみたいだし。難しいですね。

ところで、私の喘息は10歳くらいになって治りました。水泳はじめてから。母は咳する私を毎日泳がせてましたわ。熱があっても咳してても、そのくらいで人間は死なないとか言って。

今から仕事しようと思っているのだけど、仕事したくないから、こんなところでグダグダ書いています・・・・ じゃねー

記事を読んで、ひさびさに昔アメリカで使われていた差別用語の「バナナ」を思い出しました。外は黄色(黄色人種)で中は白い(白人)という意味の。

アメリカの中国系の移民の間では、親世代が英語を話せないまま、子供だけが現地校で英語を話せるようになってしまい、子供同士の汚い言葉遣いを誰も正すことなく育っているとの問題提議をした記事も、アメリカの新聞に掲載されていましたっけ。

英語を仕事にしている人、英語を使って仕事をしている人、いろいろな国籍の人と仕事する機会から、マミ~さんが伝えようとしている事は、実例、実体験をもって、私も強く感じます。意思疎通可能なレベルの英語を超えたあとは、卓越した技術、信頼に足る人柄に勝るものはなく、国を超えて信頼されている人達のユニバーサルな資質は、文化が違えど普遍性がある事に驚かされます。

そんな経験から、私もあまり英語に固執しなくてもいいのに、と私も口する事があるのですが、「英語ができるからそう言えるのよ」と言われたことも幾度かあります。そんな経験から、最近では、この考えは、自分の驕りなのかもしれないと考え直したりすることも。

たとえ日本産バナナであっても、その人なりの葛藤もあるだろうし、仕事や社会人を経験して、日本人としての素養と感性をはぐくみ、立派に社会に貢献できる人になったという例もあるのかもしれません。学ぶ順番が自分と違うだけで、排除してないか、自分? いやいやその前に、自分もかなり宇宙人だったのを、周りに地球人くらいにしてもらったのを忘れてないかい、そんなことも考えました。もちろん、マミ~さんが言ってたのはマクロ的な話で、私が読んで感じた感想はもっと個人のミクロ的なところで話は違うのですが。

なんか支離滅裂ですね(笑) 我が家は、ま~、我が家式で、見る人によればバナナっけたっぷりかもしれないのですが、いたって本人は心地よく、ほそぼそ英語は続けていけそうです。あと、英語もいいですが、スポーツ、音楽、料理は何か一つできると、日本にいようが、世界のどこにいようが、たとえ言葉が通じなくても、友達をつくれたり、目の前の人を幸せにできる最強のツールだと常々感じているので(あぶこちてさんのように伝統芸能もよいですね!)、 ラストサムライを目指すべく、(いや、正月太りを解消すべく)子供と一緒に合気道でも習いにいきたいなぁと思う今日この頃です。(なんと強引な〆:笑)。 ではでは。またお会いできる日を楽しみにしていま~す。

本は勉強になるような物はあまり読まないですよ~。
ミステリとかハードボイルドとかSFとかが多いです。
馬関係は乗馬ライフとエクウスをたま~に写真眺めるくらいです。
勉強になるものもたまには読まないと、とは思うんですけどね。

>親の方針があっちフラフラ、こっちフラフラになる、その根源はなんなのか?
情報がありすぎることじゃないかな、とは思います。
真面目な親ほど、情報を取り入れてよい育児をしようと頑張って、方向を見失
う、みたいな。
かといって、何の情報も得ようとしない親も困りますし、何事もバランスが大切
なんでしょうね。

馬、年明けてまだ1度しか乗れていません(涙
それも、途中で馬に臍を曲げられてしまい、
「お前が乗ってる限りはもう1歩も歩かねえ!」って態度に出られて泣きました。
うーん。
やっぱり月に1~2度程度しか乗っていないと、なかなか上達しません。
上達どころか1歩進んで3歩戻ってる気がしています。
でもまあ馬と触れ合えるだけでも楽しいので、ガンバリます。

マミ~さん

マミ~さんの記事、共感しまくりです。普通のことを書いていらっしゃるとしか思えないのですが、私が田舎にいるからなのかな。
ただ、マミ~さんのおっしゃるような危機感はあんまり感じません。こんな田舎じゃあ英語子育てしている人に出会ったことがありませんので。

独身時代はたまたま優秀と言われる方々と一緒に仕事をする機会が多かったので気付かなかったのですが、結婚後違うところに就職して思うのですが、想像力や創造力のなさ?からか、国語力がどうなのかなと思う方がいらっしゃることに気付きました。
国語力…というか、魂というか…。
起案に心が感じられません。そして、話をしていても相手の言っていることが分からないみたいなのです。
そういう人が増えるのは恐ろしいことだと思うので、母国語の重要性はよく理解できます。
国語は生まれながらのセンスだと思っていたのですが、もしかしたら幼児期の環境も深く影響しているのかもしれないですね。

最後の文章なんだか見透かされたような…かけながしと英語の絵本の読み聞かせ。それしか出来てません、うちは。
絵本からもう少し色々な話題に広げられると良いなと思っています。
子供達が英語を好きになって、例えば英語圏の方々と話したいと思って本気で知りたいと思えば、勝手に習得するだろうと思っているのですが、甘いのでしょうか。

わが子達は今俳句やことわざにはまっています。もっとはまっているのは神楽ですが。。。子供ながらに何かを感じるのでしょうか?良いものは良いですね、やっぱり。
意味を聞かれて立ち止まってしまう私、私もまだまだ修行が足りないようです。

こゆきさん

バナナって初めて聞いた。黒人の人たちで、外見が黒くて中が白いということで、オレオっていうのは知ってましたが。でもバナナって言いえて妙。

うちの子はなんなんだろう・・・中身が侍。ぷぷぷ
最近、髪の毛が長くなっちゃって、切らないのですが、それでちょんまげみたいにしているよ。この間、大学の面接にはちょんまげで行ってました。印象には残るに違いない。しかし、恥ずかしさっていうのはないんだろうね、彼には。ご存知の通り、あのとおりですから。

日本産バナナがあっていいか悪いか、というのは、その人たちの選択だと思います。私たちの役目は、両方の意見がバランスよく社会に出るために、オピニオンだけはテーブルの上に出しておかないととは思っていますが。

テーブルの上に出された物どれを手にするのかは、それぞれの価値観。バナナ食べてもいいし、りんごでもなんでもいい。けど、中には外見は綺麗なんだけど、お腹をこわしそうな物があったら、それを子どもにあげる前に考えてとは言いたくなる、老婆心はありますね。以前、それでお腹をこわした人を何人も見ているとしたら、余計黙って見てることはできないですね。

ところで、こゆきさんくらい英語ができれば、それはもうバイリンガル教育はできるでしょう。英語と同時に伝えられる顔の表情とか、感情とかが、口からでてくる英語と一致しますもの。それができない人は、バイリンガル教育をDVDとかでやるのかしら。

Vallis さん

読んでいる本ってそっち系なんですね。一度読み出しちゃったら止まらなくなっちゃう本ですね。(笑)

フラフラするのは情報がありすぎるのが問題だとしたら、情報は取り締まれないので、自分が情報をどう吟味することができるかという、親のマインドが問題になるということですね。

そして、親の選択によって子どもの人生が決定するというものです。しかも、選択とは大きなことばかりじゃない。日々の小さなことで、人生っていうのは大きく変わってくると思っています。

だから親の選択は責任があるのですね。

馬乗ってないんですね。寒いしね。私も今日はこれからどうしようかなあ、というところです。手が痛いし、寒いし、風がビュービューだし。でも今日も乗るのかな、きっと。マハティが待ってる~。いや、待ってない。本当はほっといて欲しいと思っているはず。馬たちはご飯を待っているけど。(笑)

むなちこさん

ええー、神楽?それって一体、どうやったらはまるものなんですか?俳句と神楽って・・・高尚。

>起案に心が感じられません。そして、話をしていても相手の言っていることが分からないみたいなのです。

要は、気が入ってないっていうことかしら。気が入らないということは、仕事にやる気を見出せてないということですよね。それは、自分たちがいくら気を入れてやっても、何もいいことはないって思うからなのかしら。

人のマネージメントにおいても、自己効力感を引き出すことは重要ですよね。子どもの教育も同じだと思います。やれって言われたことはしょうがないからやるし、そこそここなすことはできる。それだと80%。120%までの40%の開きはどう縮めるかと言ったら、本人の意思でやりたいと思っているかどうか。

頭のいい子たち、想像力のある子達は、この本人の意思っていうのがすごく強いのではないでしょうか。というか、子どものやる気を引き出せることができれば、いや、少なくても子どものやる気を萎えさせてしまう、大人のエゴで教え込む教育をしなければ、自然と子どもにはその40%(あくまでも象徴として使っている数字です)を伸ばす力があると思っています。

私は、マミ~が今回の一連の記事で警告をしてくれて良かったと思っています。一歩間違えたら、私も英語子育てをしていた親になっていたかもしれません。(出来なかっただろうけど。)

実は、インターに憧れた時期も有りました。インターをやめた理由は、経済的に無理だったこともありますが、一番の理由は、当たり前のことですが、インターの時間割は、いわゆる国語(Japanese)の時間や日本の歴史を学ぶ時間が極端に少なかった事です。

息子は、日本人として生まれてきて、嫌でも日本人として生きなければいけないのに、国語や日本の歴史を学ばずに成長することが、英語がしゃべれるようになることよりも大切な事かと考えたときに、インターに行かせるという選択肢は無くなりました。

リンリクリンさん

こんにちは。

もしインターに入れてたとしたら、息子さんの将来はどうなったのでしょうね。悪い意味ではなくて。

両親が日本人で、将来日本に住む子供が、インターでずっと教育を受けた場合、その子たちは大学とか、就職とかどうなっているのか、考えたことがありませんでした。

社会問題になるほどの数ではないでしょうから、その部分だけ研究する人もいなさそうですし・・・帰国子女の場合は、研究はあるみたいですが。日本に住みながら日本人の親を持ちながら、英語を第一言語とした子供たちがどうなるのか?興味深いです。

マミーさんのブログ、そしてみなさんのコメントを読んで
涙が出ました。
今英語圏に住んでいて、
日本語教育を途中であきらめる人がいる中
人一倍こだわりを持って日本語に力を入れてきました。
小学校に入ってから日本語をすぐ忘れていく子供達を目の前に
「なんで私は日本語にこんなにこだわるのだろう」と思うこともありました。
でもそれは子供達とやはり心の通った会話をしたいから、
ということ。
日本は私の母国であり、子供達のお父さんお母さんが生まれ育った国だから。
そして、親だけでなくおじいちゃんおばあちゃん、
日本に帰ってしまったお友達・・・
あるとき娘が「なんで日本語を勉強しなきゃいけないかわからない!」と
土曜校に行くのを嫌がりました。
マミーさんみたいに「その時期まで待つ」ということが怖くて出来ない自分がちょっと情けないです。
子供にとっての母国語はやはり親の話す言語なのでしょうか。
英語が強くなっていく子供達を目の当たりにして
自分がやってきたことがはたしてよかったのか
(学校に入る前は読み聞かせを中心にひたすら日本語に力を入れてきました)
今の段階ではわかりませんが、
こうするしか自分に出来なかったのだと思います。
マミーさんのブログを読んで、嬉しく思いました。
ありがとうございました。

約一ヶ月前にチル大の受講を始めた八ヶ月の娘の母です。

私は社会人を四年した後アメリカに六年ほど住んでいました。
全く英語が出来ず、でも英語を話せるようになりたい!という気持ちでがんばってESLとアダルトスクールで勉強しましてた。
その後カレッジに行き、そこで水泳チームのアシスタントコーチ(日本で選手を教えていた為)をさせて頂くチャンスをもらったり、奨学金を頂いたりと周りの人達に支えられてアメリカ生活をしました。

しかし、アメリカでの生活で気づいた事は
自分が余りにも日本の事を知らないと言う事でした。
逆にアメリカの友達の方が日本の事に詳しくて恥ずかしい思いもしました。
小さい頃から沢山本を読んでおいたら良かったなー!とつくづく思いました。
英語はやろう!と思ったら大人になってからでも絶対に出来ると私も自分自身の体験を通して確信しています。
だけど、子供に英語を勉強としてではなく
楽しみの一つとして小さい頃から触れさせてあげたいと思っています。

マミーのおっしゃる通り本の読み聞かせは本当に重要だとおもいます。
私がアメリカの生活で一緒に暮らしていた家族はお父さんがアメリカ人で日本語と中国語が出来て翻訳の仕事をしていました。
お母さんは日本人です。そして娘が2人。
お父さんは沢山の色々な種類の本を上の子の子育ての時に読んであげてました。彼女は小学校の低学年の時にジュニアハイのレベルの読解力がありましたし
マミーがDuganくんになさった教育の仕方で育てられていましたよ。
彼女はいま日本の高校で英語を教えています。

そういう子育てを見てきた私は自分の子にも沢山の本を読んであげたい!
そう思っていたらマミーのブログに巡り合う事が出来て
チル大にも入学出来て将来が楽しみで仕方ないです。

長々と書いてしまいましたが
上手くは伝えきれてないですけど
自分の気持ちをコメントをしたくて書かせて頂きました。

MASUさん

コメントバック遅くなってすみません。
こんなところに隠れてた・・・

将来、ずっとそちらに住むのでしょうか?
それとも、日本に帰ってくる?
そういうことでも、どちらを強化するといことは変わってくるかもですね。

帰国子女の人たちのことでは、多分、研究がたくさんあると思います。
ケースが様々なようですが、帰国子女のお子さんがいらっしゃるお母さんは
こうおっしゃられていました:

(いただいたメールから、使用させていただく許可をいただいていますので、
ここにコピペします)

研究会の会員のバックグラウンドはみなさま
ざまです。私のような帰国子女をもつ父兄、帰国子女の受け入れ校
の先生、教育相談員の先生、帰国子女の大学院生、などなど、です。
かかわるお子さん達の英語レベル、逆に日本語レベルもさまざまで
す。子供達がもつ課題も、年齢、どのくらいの出国か、学校が現地校か
日本人校か、保護者の意向などにより、さまざまです。

そうした課題、背景さまざまの子供達の成長のために、会で意見が一
致しているのは、日本語を疎かにしない、ということです。日本語を
疎かにしてしまうことは、こどもを精神的に根無し草にしてしまうこ
とだと思います。


このことが、MASUさんの置かれている環境ではどういうことなのか、答えは難しいと思いますが、一人の母親として思うのは、将来、お子さんが大きくなった時に、お母さんが自分の母国語で話しできないのは、かなり寂しいものがあると思います。

あと、子供がティーンになった時。日本語じゃないとなかなか心が通じ合わなくなることがあるかもです。どの言語を使っても通じない年代ですから。

どんさん

アメリカでがんばってたんですね。
私も、自分がいかに日本のことを知らないか恥ずかしい思いをしました。
日本にいた時には、日本のよさも分らなかったし。

読み聞かせですが、そのお宅はまた随分、きちっとされていたのですね。
そちらのお子さんの方がうちの子よりも優秀でしたよ~。
でも、そのお宅の様子も見ることができてたわけだし
良いモデリングとなってラッキーでしたね。

うちは、なんていうか、あまり凄いところとか見せてくれませんでしたから。
今も、ドメスティックなことでは面白いのですけど。
最近は、自転車。それで曲芸みたいなことするの。ぷぷぷ

はじめまして、

mixiつながりで拝見しました。
日本のこどもたちのために、ママたちのために、
ご自身のぶれない信念、説得力のある言葉を感じました。


もし、ここにいらっしゃる方に参考になればと思い、
マミーさんの考え方とも重なるんではないかと思い、
私の体験を書かせて頂きます。

長くなりますが、しかも関西弁でごめんなさい。

やる気、優しさ、自己肯定、私もこれを育てたくて子育てしてきました。
出すぎた杭というよりも、優しい子どもになってほしいといつも思っています。


3人の子どもがおります。
現在25歳(大手の研究室のエンジニア)、21歳(日本のある有名国立大学工学部在学中)、12歳(この度自宅学習だけで8倍の競争率の公立中高一貫校に合格)
いきなりこんなふうにえらそうに自分のことを書くことをお許し下さい。

私はあるブログでも詳しく書いていますが、

親が我が子をよく見て、
寄り添ってあげさえすれば、その寄り添いの中で母国語(アイディンティティになる自分の考える言語)が豊かに育っていくことで、
考えることが楽しい、知ることが楽しい、
そんなこどもの地頭(じあたま)、ができ、

本当に自分が学びたい時(自分の中から起きた動機で)に自分から

ぐーーんと吸収して、のびると思うんですが、、、。


基地、

母港、

防空壕 (先輩のお母様がおっしゃたことで深く納得したことです。飛行機が飛んできて空襲警報が出た時に、缶のおやつを抱えてお母さんに抱かれた時のつかの間安心感、いつもすることがいっぱいで忙しいお母さんが自分だけを抱きしめてくれる幸せが忘れられないと)


手を繋いで、チュッチュしてムギュってして、
何もしないでぼーっとしてたらあかんのやろか?
一緒にいることがなにか楽しいねーってゆっくり座ってたらいいやん。

そのあったかさの中からどんどん自分の中から湧き上がるエネルギーがふくらむのんとちがうやろか。
ピカンがいっぱい詰まったピカンピカンになれるんでないやろか?


人間の欲求は、

食欲、睡眠欲、性欲とか(子孫を残すための本能的な欲求)が一番基本で、

その上に安心安全欲(っていうのかな)
とかがあって、

その上に知的欲求、

そして、出来れば自分の存在が社会に役に立ちたい欲求のようにあって、

下のほうの、
安全欲、安心欲、が満たされてこそ、
知的にもぐんぐん力を発揮できるんじゃないやろか?

特に父母や家族、または信頼できる大人のもとでの安心は、何より大きいこと。

自分のことを見てくれてる、
自分に寄り添ってくれてる、
という安心が、こどもの地あたま、を確固にするんじゃないかな
と思います。

何で出来ない?
何でそんなこともわからん?
と何で、なんで、と子どもを詰問してしまう。

それやったら、

お母さんに「何」をしてほしい?
お母さんやったら今のあなたに「何」ができる?
って子どもに聞いてあげたらええやん。

そしたら、こどものピカン!
がいっぱい光ってくるんとちがうやろか?


こんな古い子育てが
通用するのかはわからんけど、それが心地いいから

3人の子ども達には自然にそうしてきました。


二十五年年間の生徒さんとの関わりの中でももできるだけそんな気持ちで過ごしてきました。

コアといえるかわかりませんが、たぶんそれがコアかもしれません。


小学校入学まで文字は読めなくてもいい、自分の名前がわかればよし!とさえ思っています。

6歳ぐらいで言葉をどんどんわかってから、
はじめてひらがな、に出会う感動、というのもの、
大事にしたいと思っていました。

英語の絵本で遊んだり、CDやDVDで一緒に歌ったり、
スピーチコンテストに出たいと言うので出てみたり、
英検を受けたいというので受けてみたり、
ミュージカルの舞台を見たり、落語を楽しんだり、
とにかく一緒にやって楽しい!と思うことを一緒に楽しんできました。


母国語が一番大事、言いたいこと、伝えたいことを自分の言葉で言えることが一番大事
と思っています。


12歳の娘は、塾にも行かず、毎日10時間睡眠を続け、
受験の日は、楽しかったーーと言って帰ってきました。

それと大きな力は毎日続けている日記だと思います。
一日の学習は30分程度と小学校の宿題のみ。

私は、「勉強しなさい!」は心して言いませんでした。

代わりに
「お母さんに出来ることある?何をやって欲しい?」と問い続けました。

娘は私に、
① 毎日7時半に寝るのを許してください。寝ることが命です。
② 作文を考えている時は静かにしてください。特に笑いを取らないで。
③ モチベーションを上げるのを手伝って。
④ たまにはやってることを見てて。
⑤ やろうと思ったり、考えようと思ったりすることを先に言わないで。

と答えてくれました。

何だかまとまりがなくなってすみません。

こんな寄り添い運動(笑)、一緒にいかがですか?

マミーさん、おじゃましました。

すみさん

コメントありがとうございました。

早いお子さんだったんですね。
お母さんは私と同じ年だけど、息子さんがもう25歳だなんて!

すみさんのおっしゃるような、ご経験からの心からの言葉が、多くの人たちの心に届けばいいですね。

お話をお伺いすると、チルドレン大学の趣旨と非常に気持ちの部分が共通していると思いました。古い子育てとおっしゃいましたが、いえいえ~、子育ての真髄が10年ごとに変わってしまったら怖いですもの。シンプルな真実とは、そうそう変わらないものだと思っています。

さて、これからは、より良き方向に向かうために、何かしなければという人たちが、少しずつつながっていかれればいいと希望しています。

どうぞこれから、よろしくお付き合いくださいませ!

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