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あんただれ?



エ~、ウソ~、全部タダぁ?



エッ・・ウソッ・・ なにがぁ?










2010/07/07

Vol. 17: 競争か共生か


お母さん!子どもを勉強させるのではなくて

今日は、大人がちょっくら勉強してみましょうか?












































もしもの話ですが・・・



この世の中から、現在のお金のシステムがプツっと消えてなくなり

個々が持つ労働力、能力、知識、技術などと

平等に交換するシステムへと変化するとします。



そうなると、人々はお金を得るために競争する必要がなくなり

競争力ではなくて共存力が大事になってきます。



もしも、そんな社会になったら?

当然、
子どもへの教育も社会システムの変化に沿って変容すると考えます



高学歴&高収入を得るために、競争して勉強する必要がなくなり

その代わりに、子どもが持つ社会の中で活かされる能力を

伸ばすことに重点がおかれる教育になったとしたら?

あくまでも、そうなったらの話ですが・・・



そうなったら、私たちが今抱いている(子どもをこう教育しなくてはいけない!)

と思うことが、随分変わってくるのではないかと想像します。



学校で良い成績をとることが重要だと考えている親御さんは多いと思いますが

もし、高学歴、高収入になる必要がなくて、それよりも

人に提供できる、労働力、能力、知識、技術などに重点が置かれるようになったら

私たちは子どもに、何を教えたらいいと考えるようになるでしょうか?



思うに

ホントに ただ単に 思うに



そもそも、私たちはお金というシステムがあって

それに沿って教育システムができあがっていて

そこから落ちこぼれないように、子どもを教育していたとしたら



万が一、社会が一夜でひっくり返ったとしたら

何のために競争に勝つために、私たちは子どもを教育してたのだろうか?

なーんて、唖然としてしまうかもしれません。



「競争」ではなく「共存」が大切な世界になり

学校教育も根本的に変化し、競争するために勉強するのではなく

社会で役立つ人間になるために、真の知識を学ぶのが教育だと考えた場合



あなたが今、考えている教育はどんな風に変化すると思いますか?



私は元々、息子に学校教育で秀でる教育を与えることを

意識したことはありませんでした。

それよりも、なんていうか、生身の体一つの人間として

彼がどんな思考をし、どんな活動をして、社会に役立てる人間になるか

将来、彼がやりたいこととプラスして、一人の人間として最大限に

社会に貢献できる人材を育てているつもりで、子育てをしてきました。



世の中からお金がなくなるとか、それはあくまでもそう仮定して想像してみる

ということで書いてみましたが、私自身は、例えお金というシステムがある中でも

競争ではなく共存するために役に立つ人材が、たくさん育って欲しいと思っています。



たとえ政府でも、社会を一気に変えることはできませんが

もし、一人の母親が家庭にて、競争に勝つための教育ではなく

人類が共存するために、社会に貢献できる人間を育てようと思ったとして

そしてそれが、一人の母親ではなく何万人という母親がそう思ったとしたら

政府にも変えることができなかった社会が、一気に変化するかもしれません。



なんてことを本日はちょっと空想してみました。




P.S.
ポチっと1クリックしていただければうれしいです:
http://eigobon.weblogs.jp/yukikolunday/




コメント

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マミー
日本はムシムシして、梅雨ど真ん中でーす!

お金から、その次のシステムへの変換って、
あながち夢物語ではないと思います。

現に、元気な時に介護ボランティアをし、ポイントを為、
自分や家族が要介護になった時にそのポイントを使える
という制度を試しているNPO法人があるそうです。
http://www.nalc.jp/


私は10年開発の現場で働きましたが、
才能が優れた人ばかり集めたチームがありましたが、
個々の才能が発揮されるどころかつぶしあい、
ダメになったプロジェクトがありました。
能力があっても、シェアするという観点が欠けている人間は
使えないんだな。。。としみじみ思いました。

また、平凡でも、協力し、作り上げて行こう!
という土壌のあるチームは一人一人が潜在能力を発揮し、
成し遂げるレベルが高くなるという経験も実体験してきました。
ワールドカップでの日本もまさにそれで出した結果でしたよね。


自らが何者かということをしっかり認識し、
沢山の中で円滑にコミュニケートしながら、
その力を提供できる能力が何より重要だと思います。

マイコちゃん

コメントありがとうー。

いやあ、このことについて、BBSでみんなでディスカッションしたらいいかも
とか一瞬思ったのだけど、多分書き込みする人少ないだろうなあ・・って思ってやめた。

マイコちゃん辺り、近い目線で書き込んでくれるんじゃないかと想像してたけど

ビンゴっ!(笑)

今回コメントしてもらったことと、ほぼ同じ内容の日記を随分前に書いたのだけど
私たち、同じことを考えているよね。

http://eigobon.weblogs.jp/yukikolunday/2009/04/post-5400.html

何かするのに特に優れて無くてもいいと思うんだよね。
まあ、頭が良いにこしたことはないけど・・・
でもさ、頭が良くて人より優れていても
自分のベネフィットしか考えられない人だとしたら逆に邪魔だよね。

急に出没してみます。
この話、そんなにぶっとんでますかね?
マミ~の話を聞くようになってから、ですが、私も今の社会システムの崩壊、というよりは再構築される未来をリアルに想像するようになりました。
で、最近はそんな話も忘れていましたが、この口蹄疫騒動のさなか、またそんな思いにとらわれています。
日本の農業の未来を考えると、どうしても意識がそこに集約していくんですよねー。
農家を大事にせんでどうすんだー?
日本って今はまだ諸外国に対して、実のところ上から目線(へりくだってるふりして)?
でもそのうちマーケットに魅力がなくなったら、ポイされちゃうかもよー。
食うもんがねえ!農家様、分けてくださいませ。お金なら出しますから。
しかし、そのときにはすでに激減している農家様は「ごめんなさいね。これは私たちの食糧なのです」という状況だったりして。と、恐ろしい妄想。
しかし、自分のブログへのコメントをみていると、日本人はそんなに頭の固い人ばかりではないかも。
アクションをおこせば、共存の道を模索できるような希望もあります。
マミ~、妄想の疲労、じゃなくて披露ごめんなさいね~。
(各方面に気を遣いまくりで、鬱憤がたまっているのですよー。)

夢みる夢子ちゃんの妄想未来。
日本人、ふつうに仕事しながら、もっと一般家庭で食糧つくったらいいのではないかと思うのですよ。
限られた農家数を大規模化して、適正量を超えたものを大量生産するよりも。
当面、農家は質のよいものを高い価格で提供する、先生役として指導料を収入源にする、一般家庭では飼育の難しい大型家畜で良質な堆肥を生産して販売する、とか。
はははー。失礼しましたー。

はさみささん

大変だったね。って、まだ終わってないと思うけど。
でも、すごくしっかりとやっているって感心して見てました。
ご主人もはさみさんさも、尊敬します。

はさみさちゃんが農業の行方をそのように考えるのは
最近体験したことを考えたら自然かもしれないですね。

部分的なことじゃなくて、全体像として、日本はどうあるべきかって
きっとたくさん考えたんじゃないかと思う。

何か改革される時って、一つの方向からだけじゃなくて
多肢の方向から、改革の必要性を感じて動き始める人たちの
ムーブメントが出来上がってきて、そして実際に動き始まるのでしょうか。

例えば、はさみさちゃんが書いてくれた妄想(妄想じゃないけどね)が現実化するには、その前に、多くの人が一旦飢えてみるという体験があったり。

人って火傷してみないとその痛さは分からないじゃん?なので想像しただけでは、実際に動き始めるという原動力にはならなかったりするのかも。

ところでアーバン・ガーデニングっつーのが流行りつつありますね。一部のアメリカ人の間で。都会のビルの屋上とかベランダを使ってガーデニングするの。

また、田舎の右翼たちは、食糧危機とか起こったら、都会から人が田舎に流れてきて、土地や食料を奪われると危惧しています。

ムーブメントというか、人々の中で(もしかしたら自分の世代で、食糧危機が起こるかも?)という危惧があるのでしょうね。

でもそう思わされる理由は、メディアだったりするかも。

世紀末を匂わせた映画がたくさんあったり、そういうことをまくしたてるラジオの人気トークショーがあったり・・。

様々なよいアイデアはあるし、また社会問題が蠢いていたり、色々とザワザワとした社会の現実があるようですが、究極何が必要なのか?と考えると、問題を解決したり、世の中を良い方向に変化させるには、一番の問題は、人の心なんじゃないかと。

人より多く持ってやろう、人を蹴落としてやろう、いかに人より抜きん出るかというような、人間の強欲さがなくなれば、自然と社会は丸く変わっていくと思うのです。が、どんなに素晴らしいアイデアがあっても、強欲な人間ばかり集まっていたら、そのアイデアを実現させることはできない。

でも、持っている状態、助けを必要としない状態の中で、人はなかなか謙虚にはなれないと思うんですね。日本は今、日本全国持っている状態。食べるのに困ることはないから、日本全国で人が謙虚になる土壌がないっつーことですな。

宮崎の問題では、あれは宮崎の問題だけじゃないのだ、全国に広まったら日本全体の食料問題に繫がるのだ、と声だかに訴えても、想像力の強い人じゃない限り、一回本当に飢えてみないと、なかなか現実のものとして考えられないかも。

でも、3日でもいいから、日本全国のスーパーマーケットで、全く買い物できない状態が起これば、お尻に火がついて、はさみささんのコメントのようなムーブメントが、パア~っと火がついたように広まるかもしれませんね。

その時までに、想像力が豊かで、事が起こる前から事前に準備している人たちが、土壌作りしておいてくれるといいのかも。

と、特に考えずに、思いついたことをタイプを打つ手を動かしながら書いています。

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