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子育て中の方は、是非、こちらを読んでみてね
学力は全米トップ0.1%の子とは、実はこんな息子でした・・・
あれは息子が中学2年生くらいの時だったと思います。わたくし・・・発狂しました。
事の始めは私が息子に、「自分勝手ではいけない」というようなお説教をしたのだと思います。それに対し彼は、「人間とはそもそも自分のことしか考えていない生き物なんだ。ボクは自分がやりたいようにやるためには、手段を選ばず何でもやるんだ。そのために力を持って使うんだ」というようなことを言って、私に反撃してきました。
こうして言葉にして書いてあると、さほど大した喧嘩と思えないかもしれませんが、目から光線が出るんじゃないとと思えるくらいの、強烈な目力で息子に睨みつけられ、相手の体を切ることができるんじゃないかと思うくらい、鋭い攻撃的な言葉でかかってこられると、私だってそれに反撃するためには、鬼のようになってしまうじゃないですか。そんな時、私たちの喧嘩を5メートルくらい離れたところで見ている夫は、よく心臓を右手で押さえながら、「お願いだから、二人ともやめてくれぇぇぇ」と言います。犬は尻尾を丸めて部屋の隅に隠れます。
その頃、息子とよく論議していたことは、「ボクなら、一万人を救うために、人を一人殺すことは平気だ」というのに対して、私は「そういう心を一人一人の人間からなくさないと、地球から戦争はなくならない」というようなことを言いました。自分の中に持つイデオロギーを押し通すために、手段を選ばず何でもするという考え方は、人を犠牲にした上に、自分が信じるエゴを貫こうとすることと同じであると、私は彼に教育しなければいけないと思っていたからです。
でもって息子から、「ボクの力は自分だけのために使うんだっ」と聞いた時、(これまで何のために息子を教育し、彼に知という力を与えてしまったのだろうか!?こんなことなら何も教えてこなかった方が、世の中のためにはよかったかもしれない。私はモンスターを育ててしまったのか!?)と、心の底から後悔し、息子の前で嗚咽しました。そして、彼に対する怒りよりも、(ああ、なんていう失敗を犯してしまったのか・・)という後悔の念から、つい目の前にあった椅子などを投げちまいました。息子は、母親の発狂度にビックリして、それ以上反抗してこなかったので、そのまま「車に乗れっ」と言って、無言で禅寺に連れて行きました。もう親の手には負えないと思ったからです。
穏やかで静かな空気が流れる禅寺に、目を真っ赤にしている中年女性と、無言で下を向きつつも、体全体から(この、くそったれがあ~)という空気を発しているティーンエージャーが中に入って行くと、お坊さんたちはすぐに何かあったのだと察してくれ、一番長老のお坊さんを連れてきてくれました。その禅寺は台湾のお寺のヒューストン支部なのですが、息子が確か10歳か11歳の頃、急に「仏壇買って」、「ボクが行けるお寺を探して」と言うので、私たちは宗教を持っていませんが、彼のために仏教徒の友人に聞いてお寺を探し、週に一回、息子が瞑想のために通っていた所です。そこには1、2年行ってたでしょうか。
子どものクラスを担当していたお坊さんは、うちの子を見るとすぐ、「この子とは前世で知り合いでした」とかなんとか言って、そのお坊さんから息子はかわいがられました。先生から特別にかわいがられる子のことを、こちらでは“ティーチャーズ・ペット”と言いますが、彼は“坊さんズ・ペット”でした。しばらくすると、かわいがってくれていたお坊さんが、そのお寺から独立したので、その方とはその後、お友達のようになって、家に遊びに来てくれたりしていたのですが、息子も自然とお寺から離れて、なんだか今度は、一時的にカトリックの宗教にはまっていました。今は、人間には宗教はいらない・・宗教は毒になる・・とかなんとか言って、大学では考えることを学ぶために、哲学を専攻するそうです。私の夫は詩人です。そして息子は哲学者ですか?だとしたら、私は一生働き続けなければいけないということですねえ。
さて、私たちは年配のお坊さんから、お線香の香りがする、清潔で静かな応接室のような所に通され、お茶を出していただきました。そして、「どうしました?」とお話を聞いてくれました。私はまだ呼吸が荒い状態で、あんなことがあって、こんなことがあってとお坊さんにお話すると、お坊さんは何も言わず、ただただ聞いてくれました。そして、私を尊重してくれたのと同じように、まだ子どもの息子のことも平等に尊重している態度で、やはりどうしました?と聞きました。
その後、お坊さんは私たちの問題には直接触れず、水は常に流れているから、いつも同じところには留まらない。物事は全て永遠ではない。人も同じであるというようなお話をしてくれました。私はだんだんと心が落ち着いてきて、息子の顔色も、全く普通のいい子の顔に戻っているように見受けました。お坊さんは「この子は大丈夫ですよ。お母さんは心配することは全くない」と言ってくれ、私たちはおいとますることにしました。息子もお坊さんを敬う態度で、深々と頭を下げ、両手を合わせてそのお寺のドアを後ろ手に出ました。
しかし、私たちが車に向かうため、お寺のドアに背中を向けた途端、息子が小さい声で、且つ、私にはハッキリと聞こえるように、「よくも、ここに連れてきやがったな」と言うではないですか。私はそれを無視して車に乗ると、息子は「人に恥をかかせるとは許さない。こんなことくらいで、ボクは自分の考えを曲げたりしないよ」と言うのです。コイツはジギルとハイドか!?私はまたもや、めちゃ怒り狂ってしまい、近くの駐車場に車を止め、息子に車から降りるように言いました。そして、彼が降りた時に車をロックして言いました。「自分で家に帰ってきな」。
車社会のヒューストンで、車で45分するところで車から降ろされて、一体どうやって家に帰るのか?日本とは事情が違うので、今考えれば恐ろしいことをしたと思います。その時、私は逆上していましたので、車の窓をちょっとだけ開けて、帰ってこれるくらいのキャッシュと携帯を投げて、そのまま窓を閉めて、車で走り去ってしまいました。でも、交通事情よりももっと危なかったのは、うちの子はその頃、ホルモンのバランスで多感になっていて、衝動的に何をするか分からない状態だった、ということでした。家に帰ったら、私が投げた物で散らかっているリビング・ルームに、夫が呆然と立っていました。彼は、私が息子を置き去りにしてきたことを聞くと、怒り狂ってました。
私は自分で息子を置き去りにしておきながら、彼がちゃんと家に帰ってこれるのか、心配で心配でたまりませんでした。私は息子と何かある度に、いつも思っていたことがあります。それは、(子どもは生きていてくれてるだけで、それだけでいいじゃないか)ということです。なのに私は息子に、何かの期待をし、そして憂いしたり悩んだり、悲しんだり怒ったりします。でも、本当は息子が存在してくれているというだけで、それだけでいいじゃない。正に、こういうすったもんだがある度に、そう考えて反省してきました。
しかし最近では、息子も私も大人になって、二人の間で争うことはなくなりました。今では私は彼に、「マミ~はね、本当はキミが小さい頃から、マミ~より強いって思ってたんだけどね、でもね、まだ子どもだった時に、全部をキミの好きなようにはさせてあげるワケにはいかなかったでしょ。でももう今なら大分、ドゥーゲンの判断に委ねることができるようなったね」と言いました。実際、最近では私は色々なことで、彼に助言をしてもらったり、教えてもらったりして、この頃はつくづく、(ああ、夫と協力し合って、こうして息子を育ててきて、本当によかったなあ・・)と思えることが多くなりました。私が描いていた子育てのビジョンが、息子に根強く伝わっていたことを実感できるようになったからです。
先日、英語本のスタッフの石井さんとまなりんとの会話を後ろで聞いていたドゥーゲンが、私に後から彼の意見を教えてくれました。
「マミ~の話しを聞いていたら、マザー・テレサとかガンジーとか言ってたけど、子どもには平和だけじゃなくて、戦争のことも教えなきゃいけないと思うよ」と。
「仏陀は宮殿に住んでたでしょ。その中では彼は外の汚い世界を見ることはなかったよね。でも、修行のために外に出て、病人や年寄りや、貧困で辛い生活をしている人たちを目の当たりに見たよね。仏陀はその時に、それを怖いことだって思った?そうじゃないよね。人の痛みが分かることで、慈悲の心が芽生えたんだよね?」
「子どもに戦争の怖いことを、ただ見せればいいっていうことじゃないよ。でも、真実を真正面から見て、そしてそれを見た時に、自分がこれから何をしたらいいのか考えることを、まだ子どもが影響を受け易い、小さい頃に教えてあげるべきだってボクは思うんだ」
「マミ~たちはボクが小さい頃に、ホロコースト博物館とかに連れてってくれたじゃない。でもね、ボクは無惨なものを見て、怖いって思ったことはないんだよ。多分、小さい頃からちゃんと教わっていたからじゃないかと思うんだけど、怖いとは思わなかった。だって、子どもだってちゃんと教えれば、自分自身とそれらとを主観的に一緒にしちゃうのではなく、客観的に見ることができるようになるよ。ボクの場合は、客観的に見て、彼らがかわいそうって思ったよ。そして、どうしたら同じことが起こらないようになるんだろうって考えるようになった。かわいそうすぎて、もう絶対にああいうことが起こらないようにしたいって、すごく強く思ったんだよね」
ちなみに、うちの子を初めてホロコースト博物館に連れて行ったのは、彼がまだ4歳の時でした。私は覚えているのですが、私は彼を抱っこして、色々と話しをしながら、展示を全部見て回りました。展示の多くが、彼の目線よりも高い位置にあって、抱っこしないと見れなかったのです。
更に息子はこう言います。「ガンジーの映画で、ブリティッシュに一般の人たちが無差別に殺されるシーンがあったでしょ。ボクさ、あのシーンをハッキリ覚えていて、その時何を思ったかも覚えているよ。あれを見てボクは、あんなのことは絶対にあってはいけない、って思ったんだよね」
私が「でも、怖いって思う子もいるんじゃないかな。その場合には、小さい子には教えない方がいいということもあるかもね」と言うと。
「それは、怖いところだけ見せたらそうでしょ。だから、伝記や歴史を見せるにしても、惨いところを見せてお終いじゃダメだよね。でも、怖いところだけを見せるお母さんっているの?とにかくさ、こんな風に解決された、ということを見せるのが大事だと思うよ。または、どうやって解決していこうかって考えることね」
「人間の子どもって、生まれてから、親から言葉を教えてもらわなければ、言語を習得できないよね。こういうこともそれと同じじゃないの?教えてもらわなければ、自然と身につくものではないということだよ。そして、真実を学ぶことをさせないで、隠しておく方がいいなんて、ボクには絶対そうは思えないけどね。教えなければ、ずっと真実を知らずに生きることになるよね。ボクなら、何も知らないでバカでハッピーに生きるよりも、苦悩してもいいから、常に学ぶ方を選択するな」
まだまだ続く・・ 現在、小さいお子さんを子育て中のママたちに、参考になると思います ↓
石井さんはこんなことを言ってます
まなりんのところはこんななのねえ・・
のんびりアロハちゃんが、ここまでやってるのか!?
あーちゃんもやってる読み聞かせ
※ ちなみに、戦争と平和というのは、大きな意味で社会の陰と陽の両方を教えるといことで
決して、本当に戦争と平和の両極端のことだけを教えていればいい、ということではありません。
なんでも、両方の見方を教えるという意味で捉えてくださいませ。
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こんにちは~(^^)
またまた、面白いシリーズですねぇ。楽しんで読んでます。
今回のブログで「戦争について」や、「ガンジー」などのキーワード、また前回前々回のブログ「名付け」「子どもは育てたように育つ」など、パシパシとシンクロするものがあったので、コメントです☆
子どもと戦争・・・。これは、今も昔も実際に被害にあっているのは、か弱い者なのではないでしょうか?0歳でも5歳でも、戦災孤児になる子はいました。子どもと戦争は切っても切れない気がします。
日本は、私も含めて「戦争を知らない子ども(大人)」なので、想像で語ることしかできませんが、「アバター」のように現実と感じるほど映像がクリアになっても、やはり「現実」に勝るものはないでしょう。映画は長くて3時間で終わり・です。
戦争が今もどこかであること、私は息子にいつも話しています。なぜか息子はホノボノものから戦争ものまでドキュメンタリーが好きで、大人が見てると正座してみてます(?なぜか背筋が伸びてるんです)
で、外国がきらいです・・・(汗)
とくにアメリカは原爆を落とした国なので、ちょっと敵視してます・・・。
もちろん私は「日本だって中国や朝鮮にひどいことをしたよ。とにかく、戦争からは憎しみしか生まれない。どうやったら、戦争がなくなるかは、私達みんなにかかっている問題だね・・・。」で話をしめます・・。
子どもに何もかもを教えるのは、本当に選択しながらです。
吉と出るのか・・・は、私達親にかかっているともいえますね。
とにかく親の考えが、子どもの考えることへのきっかけになることは間違いないと思います。
そんな風に育てた息子は今、「道徳」の時間が好きなんだそうです。
やっと私の言ってることが、少しずつ芽を出し始めました。
投稿情報: おーやん | 2010/02/05 13:11
おーやん
ハロ~♪
戦争は、子どもなどの弱者だけでなく、戦争をやりたい人以外の、全ての人や生き物にとって、とんだ被害の他の何ものでもないですよね。
戦争のない国に住んでいる私たちには、おーやんの言うように、もちろん現実のものとして受け取ることはできないね。でも、きちんと教えておくことはできますよね。と言っても、教えることって戦争のことだけじゃないけど。戦争など人間の惨いところ、怖いところ、残酷なところも、そうではないことと一緒に、目隠ししないで教えてあげてくださいね。って、多分、色々やっていると思うけど。
しかし、おーやんちのボクって、道徳・・・って、あーた、もう、そんなに大きくなっちゃったの?ビックリ。あ、あと、原爆を落としたアメリカという’国”ではなくて、原爆を落とすことを考えたアメリカ人ということで、よろしくです。戦争に勝った国の兵士だって、普通の人間だし。日本人にもいい人も悪い人もいるしね。問題は、戦争をやりたい人たち・・といことで。
投稿情報: マミ~ | 2010/02/06 02:08