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馬と人間のコミュニケーションの世界をより良きものにするために
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ただ今、ラスティーの牧場でサニーに乗って帰ってきたところです。最近、とても従順なサニーは、私と一緒にいるのが好きかも?と思えるほど人懐っこくなり、乗っている時もフガフガしなくなりました。と思いきや、本日、牛たちが放牧されている広い草原で、調子こいてサニーに乗っていると・・・トラウマのある馬は一瞬で元に戻るとはこういうことだったのかと、思い知らされることが起こりました。
一周が800メートルはある広い放牧地には、角が30cm~40cmはある牛たちが、今日は20頭くらいいました。彼らがのそのそ歩いているところを横を通ったり、時には牛たちが蹴散らされるように、私たちをよけるように走り出す中、66番の番号がついた牛は、故意に私たちの側に寄ってくるのか、66番がいつも側にのそ~っと、しかもジロリとした目をしながら、私たちの気配を観察している様子。(怖いよお前・・)
サニーは牛嫌いだと思っていたのですが、でもそれも大丈夫みたいで、66番にも私ほど懸念をしている様子はありませんでした。なので、私は益々ルンルンルン。しばらくトロットを続け、そして駈足に。なんかいい調子。しまいには調子こきすぎて、衝動的に(サニーは一体どのくらい速く走れるのだろう?)という好奇心から、300メートルはある一直線に入った時に、(行けーーーっ!)っと気合を入れて、サニーをギャロップさせてしまいました。
彼は昔、ダート・トラックという素人の競馬で走らされていた馬でした。競馬だったからではなくて、人間の扱い方やどうやって走らされていたかというのが問題だったのでしょう。サニーには深いトラウマがあり、私は1年半以上もかけて、サニーを癒してきました。そうじゃないと共存できなかったからです。
しかし、自分のちょっとした好奇心を満たすために、私はサニーのトラウマを思い出させてしまい、これまでの調教が一瞬にて、巻き戻しされてしまいました。あれはギャロップと言うよりは暴走でした。乗っている私とサニーの呼吸は全くかみ合っていませんでした。そしてその300メートルの後、サニーはスピードを落そうとせず、まるで怖いものから逃げようとしているかのごとく、走り続けていました。
牛たちが周りにバラバラといたので、輪乗りにしてスピードを落すのも危険だと思った私は、しかたなく、体をしずませて呼吸をたくさん吐きながら、少しずつ少しずつスピードを落とさせていきました。止まった後サニーの顔を見ると、彼は以前の元の顔になっていました。たった300メートルでしたが、彼のトラウマを蘇らせるには十分な距離だったようです。
サニーを買うことを決めた時、私がこれから抱えることになる、この動物がどんなに大きく自分の生活に影響を与えるものになるとは、全く想像できていませんでした。つまりド素人が、サニーのような虐待・ニグレクトされた馬を扱うとは、一体どういうことなのか、素人ゆえに全く知らなかったのです。ですから、当然、周りの経験者たちにはアドバイスよりももっと強い口調で、「絶対にあの馬は買わないように!」と忠告されていました。
にも関わらず、サニーを買ってしまった。それはサニーと自分は心が通じるという、なんだか妙な瞬間がサニーを初めて見に行った時に感じたからです。サニーを初めて見た時、その時のオーナーが鞍を取りに行ったり、携帯電話で話ししたりしていて、サニーと私たちの側から離れた所に行った時に、サニーはなぜか私の後をくっついて来ました。
全く見知らぬ馬なのに、随分人懐こいなあと思っていると、オーナーが戻るとサニーはまるでだるまさんころんだでもしているように、ピタっと私についてくるのを止めていました。そのオーナー曰く、「この馬は餌で釣らないと捕まえられない」と言っていました。確かに、サニーを買った後、しばらくはサニーを捕まえることはできませんでした。しかし、この時はなぜか私の後をくっついて歩いていたのです。今考えても、あれは一体なんだったのだろうと思うのですが、そういったことが一回ではなく数回あって、私にはまるで(ボクを連れていって・・ボクを連れていって・・)と馬に言われているような、変な感覚がありました。
でも、それは全く何の証明もできない、私の感傷的な気持ちであり、冷静なもう一人の自分は、(いくらなんでもこんなに痩せてお尻の骨が見えてて、ラクダのように首が下にカーブしている妙な体型の馬を、かわいそうという理由だけでは買えないわ)と考えていました。なので、そのオーナーにはサニーを買うとも何も言わず、お礼だけ言ってその場は帰りました。
その後も馬探しは続けていて、先日書いたように、サニーとは比べものにならないくらい、調教されていて健康な馬で、そして価格も安い馬がいて、私はほぼその馬を買うことにしていました。そして、その日の夜。なぜだか、サニーのことを思い出して眠れなくなってしまったのです。でも私の左脳は言ってるんです。(あの馬は無理)と。しかしサニーのことを思い出すと胸が詰まるというか、とても悲しいモヤモヤとした気持ちになって、なぜだかふっきれない気持ちになっていました。
理性ではなく、心が私に問いかけをしていました。(心の声に従った方がいいよ)と。私はこれまで物事を決める時、その時その時に自然に風が吹く方向に、自分を向かせるようにしてます。体や心・・魂で感じることは理性で考えることと比べたら、なぜそういう行動をとるのかと、理屈を分析することはできませんが、でも心の声に従っている方が、在るべき方向に導いてもらえる気がするのです。
仕事でもそうなのですが、今一緒に仕事をしてくれている人たちは、理解してくれていると思うのですが、私たちはあまり計画というものを立てません。棒を地面に縦にして立てて、棒から手を離した時に棒が倒れる方向に行く。仕事のことでもいつもそんな感じで、物事を決めている傾向があって、ただ、その方が上手くいくことが多いような気がするんですね。つまり”天の神様の言う通りアベベノベ”です。でもまあ、そんなやり方、普通ならありえないかもしれませんね。
サニーを買ったのは、理由は説明できません。そもそも買った方が良かった理由などなかったのです。私はただ自分の心の声に従っただけ。しかも、それが正しかったのかどうかも分かりません。ただ縁があったのでしょう。そしてそれ故に、私はたくさんのことをサニーに学ばせてもらうことになりました。
今日のことは、また学びになりました。結局、私は彼を300メートル、ギャロップさせたその数秒のために、その後、2時間以上もサニーに(大丈夫だよ。安心してていいんだよ)と、時間を使ってきました。でも光は見えました。トラウマを思い出してしばらくまたフガフガになっていたサニーでしたが、しばらくすると、(あれ?ボクのことをいじめるんじゃなかったの?なーんだいつもみたいに優しくしてくれるんだね)ということを分かってくれたようでした。
(続く)
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>(ボクを連れていって・・ボクを連れていって・・)と馬に言われているような、変な感覚がありました。
サニーはマミ~さんに救いを求めていたのは間違いないと思います。
オーナーが戻るとピタッと停まる。
恐れている人の前では、他に救いを求める姿など見られたら何をされるかわからないという恐怖心があったからでしょ。
人間でも同じことしませんか?
サニーはとても賢い馬なんですねー。人を見る目があったということですよ。
トラウマを蘇らせ暴走されても、2時間で元の静かなサニーに戻ったんでしょ?
そう簡単に傷は治らないし傷痕も少しずつ薄れていくものだから時間をかけなくちゃ。
まだ調教始めて1年半だし、本当の信頼関係を築くのはこれからでしょう。
投稿情報: plummama | 2010/09/30 23:08
plummama さん
やっぱりそう思います?私もそうかと思いつつ、自分一人の思い込みかな?とも。
でも、あの状況は本当に今でも鮮明に覚えています。
私は彼の命綱だったのでしょうね。そして、サニーはそれを自分で掴んだ。
ある意味、生命力のなせる技だと思っています。
うちには、同じようにしてうちの子になった犬がいます。
生命力は強そうですが、こんな犬今まで会ったことがないっていう程おばかなんですよ~。(笑)
>トラウマを蘇らせ暴走されても、2時間で元の静かなサニーに戻ったんでしょ?
そうなんです!昨日はそれで暗くなるまで牧場にいて、ライトつけてサニーと一緒にいました。
でも、これはいい印だと思っています。今、彼がカンファテブルだと思っているところから
少しずつ少しずつ負荷に慣れさせていけば、そのうちギャロップさせようがなにしようが
信頼される関係を築けるのではないかと思っています。
まあ、あと2年はかかるかもしれませんが。
理解していただける人がいると、うれしいです。ありがとうございます。
投稿情報: マミ~ | 2010/10/01 00:56