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馬と人間のコミュニケーションの世界をより良きものにするために
馬との関わり方など、テキサスから真摯に想いをシェアするべく書いて行きます。
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ただ今、朝の7時半。これから馬と犬を連れて、ダラス近郊の小さな田舎町に住む、この間ビデオで紹介した、犬と馬を教えているデイビッドの所に出かける寸前・・・天気予報をチェック。そしたら、明日から天気が崩れるっていうじゃないか。う~ん、5,6時間かけて馬運車運転して泊まりで出かけても、雨で馬に乗れなかったら意味ないし・・・今日出かけるのは中止。日記でも書くか。
で、もうすぐ日本からたもつさんという人が来ます。Tamotsuなんていう名前を覚えられるテキサス人はいないので、夫と話してTomしかないでしょうということで、彼をこれから本人に断りなしにTomと呼ぶことにしますが、そのトムが24日にこちらに来ます。
天気予報で見ると、24日過ぎ辺りは天気がよさそうなので、トムが日本から来たら、時差ぼけ全開の時に、ダラスに一緒に連れていくか。うーん、彼はなかなかラッキー者だな。でもその場合、トムがずっとジェロニモ(うちの犬)を抱っこするような形で、トラックに乗らにゃあかん。ま、それでも行くと思うけど。(笑)
今週末の予定は、そんなこんだで急遽変更して、ロデオを見に行くことになりそうです。ロデオっていうか、ロニーがトレーニングしているカレンの馬のウィンストンを、トレーニングの一貫としてロデオの仕事に使うそうです。それを見に行くのに、カレンが私も一緒に行ってもらいたいらしい。カレンは毎週末うちに来ています。医者なのに、なんだかインディペンデントではないので、時々、彼女はどうやって患者さんたちと接しているのか、私は疑問に思っております。
で、彼女の馬のウィンストンは、1年間も他のトレーナーに調教されていて、問題大有りで乗れなくなっていた馬ですが、ロニーが乗ったらすぐにいい子になってしまいました。しかもロデオの仕事に既に使うことができるなんて・・・数回しか乗ってないのに・・・。
ロニーにはなぜそんなことができるのか?私、昨日やっと頭に電気がつきました。ユリーカ!って。なんでこんなシンプルなことが、今までハッキリと腑に落ちてなかったんだろう。馬は心で乗るものなんだ。馬は人間が思っている以上に、人の心が分かるんだな。そうに違いない。ロニーは心で乗っているんですね。彼がよく言うのは「馬に乗っている時は、その馬に100%自分を奉げている」って。「フォーカスは、”自分(我)” じゃなくて ”馬” なんだ」って。
人間の方から、馬が何を感じて何を考えているか理解するために、彼らに耳を傾けてあげれば、これまでギクシャクしていた馬とのコミュニケーションがとても良くなると、今更ながらに感じたのでありました。実際、サニーの気持ちを感じながら昨日乗ってみたら、彼は私が右・左と曲がる方を見るだけで、足を使ったり手綱を使わなくても、曲がってくれるようになりました。と言っても、まだスピード出すとフガフガするので、速度を付加するのはこれから徐々に。
昨日のサニーさんは、“ほぼ”いい子でした。途中(オラが自分で考えるダっ)って、勝手なこともしやがりましたが、そういう時に責める気持ちを持たずに、(ぷぷぷ。決めるのは私なのよ。はい、こっちよー)って誘導して、できたら褒めてあげてたらリラックスしていました。(ゴラ~、お前、なに勝手なことしてんだ!)という責める気持ちを”全く持たずに”、常に育成者の気持ちで、抱擁しつつ誘導するっていうのはなかなか難しい精神修行ですが、でもそうすることで馬が手に取るように変わるのが感じられると、気持ちよくてやめられません。
ちなみに、”全く持たない”というのには理由があります。それは、本当に心からそういう気持ちになってないと、自分を騙すことはできても、馬は騙せないと思うのです。だから、常に純粋に本気に正直に真実の気持ちがなんであるか、自分で気づいてないといけないんですよね。その上で、そういう気持ちをコントロールできるようになる・・・・っていうか、なったらいいなっていうか。ホント、コレ、瞑想するよりも難しいと思います。
さて、マハティも彼女の気持ちを第一に考えて乗ってみたら、彼女は駈足する時に耳をふせていたのですが、それを止めるようになって、(私ったらいい子でしょ?)って言わんばかりに、優等生になっていました。マハティはいい子になって褒められるのが大好きみたいです。一回でも、(そうじゃないの、違うの。なんで分からないの。バカかお前は!)なんていう風に思ってしまったら、彼女はめちゃ傷ついて、一気に悪い子への坂道を転げだす、まるで繊細な人間の子どもと一緒。ちなみに、不良と呼ばれるようになってしまった子どもたちって、繊細なんじゃないかなあ。彼らが悪いんじゃなくて、大人が彼らの心の声に耳を貸してあげなかったんだろうなあ。
最近、知り合いの女性をマハティを乗せてしまって、マハティが坂道を転げるように、一気にこれまでとは違う馬になっていくのを目の辺りにしたのですが、その件があってから、2日後だったか、マハティの気持ちを考えながら乗ったら、すぐに元のいい子に戻っていました。いや、これまでよりももっといい子になっていました。そして、それに感謝してくれているかのように、今は外に行くとマハティが私にくっついてきます。まるで犬です。しかも、マハティの顔がだんだんと優しくなっています。マハティ、美人よ。(親ばか)
サニーやマハティで思い知らされるのは、やはり問題は人間だということ。そして、彼らはとても寛大で、人間が失敗すればそれを鏡になって見せてくれるけど、人間が上手くやれていたら、彼らは失敗してた時のことなどすぐに忘れて許してくれて、その場で変わってくれるんですね。昔、息子が小さい頃、全く同じことを何度も感じたものでした。子どもや動物は寛大。許せないとか、憎しみを持つとか、悪い感情をずっと抱き続け、それを元に人や動物を判断するなんてのは、大人だけなんだな。
過去に体験した嫌なことを元に、今でも陰険に物事や人を見て世間をジャッジしているとしたら、問題は周りじゃないんだ。それを変えるのは、本人が変わるしかないんだ。動物や子どもはそれを教えてくれます。
P.S.
そうそう。ダラスに行く際に、ここを視察しようと思います。リトリート
もし、また来年にテキサス・ツアーをやるとしたら、ここはいいかも。
20人以上のグループだと、3食作ってくれるそうです。
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