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馬と人間のコミュニケーションの世界をより良きものにするために
馬との関わり方など、テキサスから真摯に想いをシェアするべく書いて行きます。
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本日、馬友2人の女性たちとランチ。その際、ハミへのコンタクトについてなどなど、彼女たちは色々話していました。私はふんふん聞いていたのだけど、なんか難しくて分からない。坐った時のバランスうんぬんも、色々言ってたなあ。でも、聞いていても頭がこんがらがってしまうので、ひたすらランチのローストポークに集中。
なんとなく、私が喋る番になったので、自分が馬の動きをコントロールする際にイメージしていることを話ししました。「とにかく、後ろ足をこちらが手中に収めていることを馬たちに体で知らせれば、言うことを聞いてくれるって思う。彼らの後ろ足が自分の足のつもりで乗ると、自分としてはイメージつかめ易いんだ。うんぬん」と。で、彼女たちはジーっと固まっているようだったので、一体何を思って聞いていたのか、全く想像がつきません。こいつは随分とトンチンカンなことを言っているな、って思われてたかも。(そうだ、今度は正真正銘、馬鹿に見えるように、鼻でもほじってようかな)
一人は馬4頭持っていて、もう一人は2頭持っています。でもたまにしか乗っていないよう。毎日いっぱい乗れば、体感で理解したことが言葉になって出てくると思うのだけど、理論はたくさん仕入れていても体感があまりないと、ばらばらな知識が点となって散らばるだけで、それらが逆に全体像をイメージする邪魔をしているように感じちゃうんだよね。
これったら、馬のことだけじゃなくて、子育てにしても、人生の学びにおいても、同じことが言えるんじゃないかと思う。つまり、体感を伴わない知識という森の木ばかりに目がいってしまうと、森が見えなくなるんじゃないかっていう感じ。でも森が見えたら一本一本の木がなぜそこに存在しているのか、点と点が繋がるように見えてくるのではないかな、なんて、ローストポークをむしゃむしゃ食べながら思っていた。
そうそう、物を見る角度について、今日はなるほど、人それぞれの見方っていうものがあるんだな、ということをつくづく感じました。去年テキサスでの馬ツアーに参加したお母さんの一人たーちぇんさんのブログですが、彼女の撮った写真を見ると、テキサスに住んでいる私には気づかない視線があった。私には普通にその辺にあるものが、彼女の目に留まってたんだね。面白い。
まったくねえ、人の数だけリアリティーがあるってことなのよねえ。ところがさ、往々にして人は客観的な視点から物を見れないと、自分のリアリティーが人のリアリティーだと勘違いしちゃう。私もある、そういうこと。ただ、時々そういうおやじに偉そうにされると煩わしいって思う時あるわ。って、なぜか特定のおやじが頭に浮かんでいるのだが・・・まあ、このまま続けよう。日記だからさ。
そんでもって、自分のリアリティーを上から目線で、人に押し付ける感じで話ししてこられてもねえ。それったら、心からそれが正しいって思っている故にそういう態度になる・・というのは分かる。けどさ、前に話ししたアフリカのサトウキビ畑じゃないけどさ、環境やシチュエーションが変われば、ちっぽけなリアリティーなんて、逆転することがあるんだぞ。ということで、私はなるべく一貫して、「そーかもしれないけど、そーでないかもしれない」という、あやふやな態度で人と接することを心がけよう。鼻でもほじりながら。ぷぷぷ
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ずいぶん、前の日記に…………今頃……が根付いてしまったShinnでおますぅ~~
ミクシーに日記があったら、そっちにコメを載せようと思ったのですが………
マミ~の言ってること、うちのT先生なら
「そうそう、その通り!」って言うと思うわ。
奇しくも、ついこの間、
「ようく、後肢の動きを感じて、馬の肢が、自分の脚みたいに感じて動いてみて」って、言われました(^^)
ときどき、先生の声と、マミ~の声がリンクする時がある。
「馬が走りたいな~~って思うような扶助って?」
とか、
「馬の自主性って、何やと思う?」
とか、聞かれて………
笑顔で誤魔化すこと、多々アリ(^_^;)
投稿情報: Shinn | 2012/06/10 16:24